「いち、にっ、さん、いち、にっ、さん」
廊下を元気よく行進してくる足音と声が聞こえる。甲高い声、いち、にっ、さん!
「ただいまエミヤ!」
「おかえりセタンタ」
びしっと敬礼。そして笑み崩れる。
それにつられて笑いながらも、エミヤは不思議に思って聞いてみた。
「セタンタ。さっきのは一体なんだったのかな?」
「ん!」
突きだされる指一本。それが二本に増えて、それから三本に。
「エミヤ、今日が何日だか知ってるか?」
「一月二十三日だが」
はて、なにかあっただろうか。首を捻るエミヤに、セタンタは満面の笑みを向けたままで。
「今日は、いち、にっ、さん! の日だ!」
間が空く。ああ、そうか、なるほど。
01.23。
いちにいさん。
エミヤなどまったく気づかなかった。子供の頭は柔軟だ。
「学校でカンタたちと話してたら気がついて。もうみんな大騒ぎだった!」
「そうだったか」
えらいえらい、というようにセタンタの頭をくりくりと撫でてやるエミヤ。セタンタの顔がとろける。
と、そこに。
「おまえの喜ぶべき日は昨日だったんじゃねえのか、イエロー」
その幸せを邪魔する声がした。
「イエローじゃねえ! なんで昨日なんだよ、昨日なんかいちにいにい、じゃねえか!」
全然意味なんてない!
そう叫ぶセタンタに、炬燵から這いだしてきた兄はくつくつと笑って。
「昨日が何の日か知らねえのかイエロー」
「だからイエローじゃ」
「カレーの日、だ」
喧嘩に発展したらすぐ止めに入ろうと思っていたエミヤはそういうことか、と思う。確かテレビで言っていたっけ。
昭和五十七年に全国小中学校、栄養士協議会に於いて、一月二十二日には、全国の給食のメニューを「カレー」にしましょうと提案され決定。この日を「カレーの日」と呼ぶようになったのである。
豆知識。
「しかし、だなランサー。それを言うならセタンタよりも君の方が……」
「オレの方がなんだって?」
「……いや、なんでもない」
余計な混乱は避けるべきだ。
カレーを直に飲むランサーの方がよっぽどイエローっぽいのではないかな、と思ったのだけど。
だけど兄弟は青い。ものすごく青い。どこまでも青く青く青い。
どちらかといえば、いや、はっきり言ってブルーだ。それ以外ありえない。
最近の戦隊物は赤・青・黄の三人構成も多いな……などとエミヤが気を逸らしていると、ランサーが自分の顔を親指で指し。
「教えてやるぜガキ。今日はオレみたいな男の日なんだよ」
「え?」
ふふんと鼻を鳴らすランサー。セタンタはしばらく一生懸命考えて。
「……駄目でぐうたらで責任感もなくておまけにエロい……」
そこまで言って、エミヤの後ろに隠れた。
まっとうな判断である。
アイアンクローの用意をしていたランサーはチッと舌打ちをする。
「ガキが。言うだけ言ってとんずらか」
「だって本当のこ」
「……エミヤの後ろが絶対安全圏内だと思うなよ?」
いざとなりゃエミヤともども、とランサーが脅す。その凶悪な表情にセタンタのしっぽがびよん!と逆立った。
急いでエミヤの前に走り出て、両腕を広げる。
「エミヤに手を出したらオレがゆるさねえぞ!」
「セ、セタンタ、危ない」
「だいじょぶだ! オレがエミヤを守るんだ!」
「セタンタ!」
「おーおー、うるわしいことで」
ぱち、ぱち、ぱちと間延びした拍手。ランサーは一気に気の抜けた表情になって、頭をがしがしと掻いたあと弟を見下ろした。
「おいガキ、本当に思ってたのか?」
「な、なにをだよ」
「オレがエミヤに手出しするはずねえだろ。少しは考えろ鳥頭」
「鳥じゃねえ! 犬だ!」
「あー間違えたすまねえすまねえ。子犬な、子犬」
きゃんきゃんと騒ぎだしたセタンタを抱きしめてなだめつつ、エミヤが言う。
「それで、ランサー」
「ああ?」
「今日が君のような男の日というのは、一体何故?」
「そりゃあ―――――」
次に続いた言葉に、一気にセタンタとエミヤは脱力した。


「いい(1)兄さん(23)の日だからだ」


駄洒落―――――!
「……あ? どうしたおまえら?」
「兄貴はなんでそんなことばっか言ってるんだよ! ばかばか! バカ兄貴!」
「ランサー……それはさすがに私もフォロー出来ん……」
いち早く復活してきゃんきゃんと吠えかかるセタンタと、くずおれたままのエミヤにランサーは不思議そうな顔をした。



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