「よし、セタンタ」
「うん、エミヤ!」
行くぞー、とセタンタが腕を振りかぶる。ふたりそろって、
「鬼は外ー!」
サングラスに黒スーツの護衛たちが頭に鬼の面をつけて居間の中を逃げまどう。外で出来ればよかったのだが、あいにくと今日は雪模様。
庭は白く染まって駆け回るのは危険、ということでこういう事態とあいなった。
セタンタは力いっぱい豆を護衛たちに……否、鬼たちに投げつける。鬼は外 鬼は外 鬼は外。
「鬼はそ……」
言いかけたところを肩をぽんと叩かれた。振り返ってみると微苦笑するエミヤの顔があった。彼は諭すようにセタンタに言う。
「そればかりではいけない。福は内、も忘れずにな」
坊ちゃん痛いですよと鬼が泣きごとを言う。セタンタは手加減なしに豆を投げつける、子供にしては彼は力がある方なのでこれが敏感なところに当たるとかなり痛い。泣きごとも言いたくなるというものだろう。
「しょうがねーなー、手加減してやっか!」
あと“福は内”もだ!
そう宣言するとセタンタは豆まきを再開する。今度は公園にいる鳩などに餌をやる程度のやさしさだった。
「福は内ー!」
エミヤもそれに続いて豆をまく。あとで掃除が大変だろうか、などと思いつつ。
「福は内 福は内 福は内!」
「セタンタ、だからそればかりでは……」
困ったように言うエミヤの顔を見上げて、あ、と思いだしたような顔をして、それから舌をぺろりと出すセタンタ。
それにエミヤがまた微苦笑したところで、鬼退治は一応の終わりを見せた。
鬼の面をつけたままの護衛たちに豆を持たせてやって、エミヤは礼を言いつつ襖を閉める。畳の上にすでにばらまかれた豆はなかった。豆まきが終わると共にエミヤが素早く掃除したのだ。
「セタンタ」
体育座りをして待っていたセタンタは、その顔にぱっと明るい光を灯した。
ん、と手を出す。
その小さく丸い指のてのひらに、エミヤはひとつぶひとつぶ豆を乗せてやった。いち、にい、さん、(略)じゅう。
年の数だけ、豆を与える。
するとセタンタは大きく口を開けてそれを頬張った。ばりぼりといい音がする。
自分の分を数えていたエミヤは、
「勢いのいいことだ」
「この豆、なんか好きなんだよな」
くすくすと笑うエミヤになんでだろ?と首をかしげるセタンタ。
「それでは、年を重ねるたびにたくさん食べられるようになってうれしいだろう?」
「うん!」
ぶんっと大きくうなずいたセタンタは、エミヤのてのひらに乗った豆をまじまじ見る。
「エミヤ、いいな」
「なかなか大変なのだが……君の場合ならこの量でも苦にせず食べてしまうだろう」
ぽりぽり、と一生懸命豆を食べだしたエミヤは、あまり豆が好きではないのだろうか?
セタンタはふとそんなことを思った。
手伝えるものなら手伝ってあげたい。だとか。
欲半分、いたわり半分。
「エミヤ」
「ああ、すまないな」
ちょうど食べ終わったころに煎れた茶を勧めてみると、エミヤはにっこり笑ってそれを受け取る。そうして湯呑みに口をつけた。
「だいじょぶか? 苦くないか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「熱くないか?」
「適温だ」
いちいちかいがいしくたずねてくるセタンタに、エミヤの顔はゆるむ。
「ありがとう、セタンタ」
微笑むと、セタンタは頬を赤くして、うん!と元気よくうなずいたのだった。


夜。
夕食はもちろん恵方巻きだ。
「いいかセタンタ、食べ終わるまでひとことも喋ってはいけないのだぞ」
「わかってる!」
「今年の方角は……南南東か」
と、そこにひょいと顔を出したのがランサー。
「邪魔するぜ」
「やはり来たか……そう思って君の分もきちんと用意してあるよ」
さあ。
そう言って笑顔でこたつ板の上に置かれた恵方巻きを示すと、ランサーは上着も脱がずに顔の前でぱたぱたと手を振った。
「いや、オレはあとでいい。おまえら先に食えよ」
その言葉にそろって顔を見合わせるセタンタとエミヤ。らしくないではないか。あのランサーが。
「ランサー……君、どうかしたのか?」
「真顔で心配すんな。なに、なんでもねえよ」
「それならいいのだが……」
つぶやいて、エミヤは恵方巻きをくわえた。セタンタもその口のサイズに調整された恵方巻きをくわえる。
もくもく、もぐもぐ、と食べ進む。
しばらくそれに没頭していたセタンタだったが、不意に何かを感じたように兄の方を見てみる。
そこには。
にやにやしながら、恵方巻きを頬張っているエミヤを眺めるランサーの姿があった。
「このエロ兄貴!」
「セタンタ!?」
「なんかよくわかんないけど目つきがエロかった! エロい目つきだった!」
地団太を踏むセタンタに、さてなんのことやら、ととぼけてランサーはふたりをちらりと見ると、言った。
「おまえら、アウトだな。喋っちまったら駄目なんだろ」
「あ」
高低のユニゾン。
ランサーを力いっぱい睨みつけるセタンタ。兄は外ー、だなんて言いだしそうな顔つきだったが、投げつける豆はすでにないのだった。


back.