「ただいまエミヤ!」
玄関で声がする。すぐにばたばたばた、と足音がして、襖が開く。
「エミ……」
名を呼びかけて入ってこようとしたセタンタより先に、その腕に抱えられたかわいらしくラッピングされた箱がひとつ、飛びこんできた。転げてきたそれを受け止めて、エミヤはセタンタを見る。
「おかえり、セタンタ。その様子では帰り道は苦労したことだろう?」
「平気だ!」
これくらいなんでもない、と言わんばかりに胸を張るセタンタ。と、その拍子に抱えていた箱がぼろぼろぼろと落ちていく。あわわ、と慌てるセタンタ。部屋に散らばったそれを拾い集める。エミヤと共に。
全部拾い集めたものをちゃぶ台の上に積み上げてみると、かなり壮観だった。ちょっとしたピラミッド。
「だから紙袋を持っていくようにと言っただろう? 毎年こうなのだから」
「オレはいらないって言うんだけど……勝手に机の中とかに入ってたりしてさ」
「いらないなどと言わず、受け取ってやらなければ駄目だぞセタンタ。相手の気持ちを考えなければ」
「だってお返しとか面倒だし、そもそも名前がわからない奴に好きって言われてもなー」
頬杖をついて、んー、と唸るセタンタ。確かにこの様子ではお返しも大変そうだ。
「それにオレが好きなのはエミヤだし」
だから、ちょっと待っててくれな、と言い残して。
セタンタは自分の部屋へと駆け足で向かう。大量の箱と共に取り残されたエミヤは、言われたとおりおとなしく待っていた。
それからしばらくして、だ。
「エミヤ!」
後ろ手に何かを隠したセタンタが部屋に駆けこんできた。何かな?と首をかしげるエミヤの前に勢いよく差しだされたのは。
「チョコレート売り場は女ばっかしで近寄れなかったからコンビニで買っちゃったんだけど……でも、一番高くって美味そうなの買ってきたんだぜ!」
「……セタンタ」
「うん?」
「バレンタインという風習は……知っているな?」
「ん! 友達に聞いた! 愛する人に贈り物をする日、だろ?」
間違ってはいない。
間違ってはいない、が。
「普通は女性が男性に贈るものなのだぞ……?」
「エミヤだって毎年オレと兄貴にくれるじゃん」
それに近頃は性別とか関係ないって聞いた!とぐっと握りこぶしを作るセタンタに、苦笑するしかないエミヤ。
おそらく例の年上の友達に聞いたのだろう。あの件の後、すっかり仲良くなったようだ。
「愛してるぜ、エミヤ!」
にっこり笑って箱を差しだしてくるセタンタ。そう言われてしまったら、受け取らないわけには行かない。
「ありがとう、セタンタ」
同じく笑みを返して、エミヤはそれを受け取った。
セタンタは喜びにしっぽを振っている。そりゃあもうものすごく。残像が残る勢いで。
「エミヤ!」
語尾にハートマークをつけてエミヤの膝にダイブするセタンタ。おっと、と言いつつそれを受け止めたエミヤは、微笑みセタンタの頭を撫でてやる。するとしっぽはさらに振れ、セタンタはぐりぐりと頬をエミヤの膝に擦りつけて満足そうだ。
蜜月。だがそれは長くは続かなかった。
「よお、エミヤ」
襖を開けて入ってきたランサーに、エミヤが反応する。
「あ、ランサー」
「バカ兄貴!?」
しょっぱなから敵意むきだしのセタンタは、蜜月を邪魔されたのを恨んでいるようだ。
それを右から左へ受け流し、ランサーは上着を脱ぎ捨てセタンタの頭を無理矢理どけて、エミヤの目の前で笑う。
「毎年恒例のもん。貰いにきたぜ、エミヤ」
用意してあるんだろ?とでも続きそうなセリフにエミヤはああ、とうなずいて台所へと向かう。
無理矢理どかされて畳にうつぶせたセタンタは、しばらくじっとしていたが背中を兄の足でぐりぐりと踏まれて起き上がる。
「汚い足で踏むなっ! バカ兄貴!」
「オレの足はエミヤに舐めさせても平気なくらいクリーンだぜ? 知らねえのかガキ」
「エミヤはそんなことしねえ!」
「……なんの話をしているのだね、君たちは」
いつのまにか戻ってきていたエミヤは、両手にそれぞれ箱を持ち呆れたようにつぶやく。それに、だって兄貴が!と叫ぶセタンタ。ランサーは知らん顔だ。
「ほら、ふたりとも並んで。こちらがランサーの分、こちらがセタンタの分だ」
まるっきりラッピングは同じなそれを、兄弟はそれぞれ受け取る。
「中味はやっぱり違うのか? エミヤ」
「ああ。セタンタ、君のはミルクチョコのトリュフ。ランサーのは洋酒をきかせたボンボンだ」
「お、気がきくな」
にっと口端を吊り上げて笑うランサー。
「君は甘党の上に酒飲みだからな。すぐに思いついたよ」
「長い付き合いだからすぐわかるんだろ? ……ところで」
ちゃぶ台の上に積まれた箱を指して、ランサーが言う。
「なんだありゃ?」
「セタンタの戦利品だよ」
「ふうん」
聞いておいて興味がなさそうにつぶやくランサー。それを見て、ふと不思議そうにエミヤが問う。
「ランサー、君は? バイト先で貰ってきたのではないのか?」
「断った」
「え?」
「オレはエミヤひとすじだからな。悪いけど受け取れねえってことでお客様には納得していただいたぜ」
さっそくボンボンを口に放りこむランサー。
ぽかんとそれを見るエミヤとセタンタ。
もぐもぐと咀嚼しながらランサーはセタンタを見る。
そして、
「気が多いことで」
軽く噴きだした。
「―――――ッ!」


それからオレだってエミヤひとすじだ!のひとことが開始の合図となっていつもの兄弟喧嘩が勃発したのだけど、それはまた別の話。



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