「でさ、オレはこれがいいと思うんだけど。エミヤはどう思う?」
顔を見上げて聞いてきたセタンタに、エミヤは微笑む。
「君がいいと思ったものを選べばいいのではないかな」
「そだな!」
オレとエミヤ、つながってるもんな!得意げに言うセタンタに、売り場の女性たちはくすくすと堪えきれずに笑いを零している。たぶん過剰に仲のいい兄弟かなにかだと思っているのだろう。あとセタンタの様子は無条件で見ていて微笑ましい。
今日も赤いリボンで結ばれたしっぽをぶんぶんと振って上機嫌なセタンタは、千円札一枚と小銭何個かをカウンターの上に商品と一緒に置いた。背伸びをして。
「これください! あ、プレゼント用に包んでくれるよな!」


今日ふたりはデパートへ来ていた。先日セイバーに借りたハンカチはやはり使い物にならなくなっていたので、似たものを買いに来たのだ。セタンタはひとりで来れるやいと男の意地を見せたのだが、夕飯の買いだしをしたいというエミヤの申し出にあっけなく折れた。
基本的にセタンタがエミヤの提案を断ることはない。それにふたりきりで(あの兄の邪魔なく!)買い物が出来るというのは素直にうれしかった。
「用事は終わったが……他に行きたいところはあるか? セタンタ」
「うーんと。あ、オレ、屋上行ってみたい! ここ、眺めがすごいいいんだってよ」
「そうか。ではそうしよう」
うなずくエミヤに、セタンタは手にしたビニール袋をガサガサいわせながらぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。やった!
「エレベーターにするか? それともエスカレーター?」
「私はどちらでもかまわないが……荷物が重いだろう? エレベーターの方がいいのではないかと思うのだが」
「そか。わかった!」
上機嫌のセタンタは軽く気づかわれたことも知らずに矢印が示している方へ向かって駆けていく。エミヤはその後ろから冷静に指摘した。
「セタンタ。そちらは違う」
「え!?」
エスカレーターが箱で……え?エレベーター?階段?え?
指を振りながら考えるセタンタに、エミヤは苦笑してその丸い手を掴んだ。どちらも自動で動くのだからかまわんよ。そう言おうとしてやめた。セタンタの顔があまりにも真剣だったからだ。
「……よし! 覚えた! 箱がエス……ベーターで、階段がエスカレーター!」
「エレベーター」
「エレベーター!」
大声で復唱すると、セタンタは握られた手を握り返す。そしてにこりと笑った。
「行こうぜ、エミヤ」


「…………」
「あら、坊やと教育係じゃないの」
エレベーター前に到着したふたりは、そこにいた意外な人物に目を丸くする。
通称キャスター、本名葛木メディア。日頃は怪しげな薬剤師として活躍する、お山の上の柳桐寺に住まうただいま新婚生活絶賛満喫中の幸せいっぱい夢いっぱいな若奥様である。たまにセタンタが高熱を出したとき、やむなく彼女の薬の世話になったこともあった。
当然のように隣にはその夫、葛木宗一郎も寡黙に立っていた。
「柳桐寺の外で君に会うとは……珍しいな」
「わたしだってたまには外出くらいするわ。宗一郎さまと一緒なのが必須条件だけれども」
幸福そうにつぶやいて宗一郎にもたれかかるキャスター。だって外は怖いんですもの、とさらにしなだれかかる。
セタンタは呆れたようにキャスターを見た。あんな怖い薬を作る魔女が外が怖い?嘘つけ!
と、思ったが心の中だけにとどめておく。だって怖い。キャスター怖い、魔女怖い。
苦手なものはあまりないセタンタだったが、どす黒くて苦い魔女の風邪薬は結構怖かった。確かによく効くけれど、エミヤがあとで甘いチョコをくれるけれど、それでも。
「ところであなたたち、なにをしてるのかしら? そろってお買い物?」
「私たちは―――――」
「それともデートかしら。わたしたちみたいに」
セタンタのしっぽがぴょん、と逆立った。
デート!
デート!
デート!
キャスターは常のようにのろけを始めたが、セタンタの耳にはすでにそれは届いていなかった。
「あなたたち、どこの階まで行くのかしら? 玩具売り場は六階よ」
「君たちはおそらく……紳士服売り場だろうな。四階だ」
「あなた相変わらず勘がいいわね。そうよ、宗一郎さまの新しいスーツを見立てに行くの! ……ふふ、妻のセンスの見せ所よね。腕が鳴るわ……!」
だから、失礼なことを言われても気がついていなかった。


遊具もなにもない屋上には誰も用がないらしく、そこで降りたのはセタンタとエミヤだけだった。秋風がひゅるりと寂しく吹くが、セタンタのテンションはマックスハート。
「わあ……!」
鉄の箱の扉が開くか開かないかの内に飛びだしたセタンタは、鉄柵に手をかけてがしゃがしゃと揺らしながら喜んでいる。
「高けえ! 小せえ! 豆粒! 人がゴミのようだ!」
最近見た古いアニメ映画の悪役の台詞を興奮した口調で叫ぶと、セタンタは後ろを振り返ってエミヤを呼ぶ。鉄柵にしがみついたままで、こいこいと。エミヤは苦笑して鉄の箱から足を一歩踏みだした。そして焦れたように手を振るセタンタに、なるべく早足で近づいていく。
駆けると転ぶ。そう、いつもセタンタに言っている立場として。それと、大人として。品なく走りだすのもどうかと思ったのだ。
「高いな」
「空が近いよな!」
「ああ、近い」
「すげえよな」
澄み切った秋空。どこまでも青く、蒼く、青い。高い空が今は手を伸ばせば届きそうだ。
興奮するセタンタの隣で、エミヤは感心する。こんなところは―――――知らなかった。これだけのセタンタの喜びようも、また。
空が好きなのだな。そう思い微笑むエミヤだったが、セタンタの喜びゲージが半分以上先程のデート発言で上昇したのを、彼は知らない。
「ほら、熱いぞ」
「ん!」
満面の笑みでそれを受け取ると、セタンタは口をつけた。とたんに顔をしかめて舌を出し、エミヤはやはりなと苦笑する。
自販機で買った紙コップの熱いココア。砂糖とクリーム増量を景気よく押してきた。エミヤは、なにも入れないブラックコーヒーだ。
ベンチに座ってふたり、セタンタはふうふうと涙目になりながら懸命にココアを冷ましている。
子犬なのに猫舌。兄弟そろってそうだったな、と思いつつエミヤはコーヒーを飲む。
「これからどうしたい?」
「んー……もう少し、ここにいたい」
「わかった」
「それからな、それからな、エミヤ!」
「?」
「すきだ!」
「…………」
え?と首をかしげるエミヤ。
「私も好きだが」
「そうじゃなくて! あ、うん、うれしんだけどさ。ここは照れてくれないと」
「そうなのか?」
「うん」
だってデート中だろ、と太陽のように笑う。ああそうか、とエミヤは先程のキャスターの言葉を思いだした。
それともデートかしら。
セタンタのデートの定義では、好きだと言われた方は照れて口ごもるとか、そういう反応をするものなのだろう。けれどエミヤにとってそれはあまりに当然なことで、だからエミヤはにこりと微笑む。
「……済まないが、私は君が好きなので好きだと答えるしか出来ないな」
不器用で申しわけない。
そう言ったエミヤを見て、セタンタはコップを取り落としそうになった。
「……っと」
慌ててそれを受け止めようとしたエミヤの首っ玉にセタンタはかじりつく。
「エミヤ!」
「セ、セタンタ、危ないぞ」
「すきだ!」
「こら、セタンタ」
「すきだ!」
「わかった! わかったから、一旦……」
言いかけて、これは無理だなとエミヤは思った。なので受け止めたコップをベンチに置いてセタンタを抱きしめる。と、力強く抱きしめ返されて、オレのエミヤ、と子供のくせに熱っぽい声でささやかれてエミヤは無言でまばたきをした。


「どした?」
「あ……いや、その。なんでもない」
空が青い。エミヤの顔は、赤かった。



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