桜がそこここで咲き始めた。
学校の桜もほころび始めて、セタンタは妙にうきうきしてしまう。
きれいだ。桜の花は好きだった。好きだ。エミヤに似ていると思う。あと、エミヤが作ってくれるさくらもちはとても美味しい。
ランサーは「桜の木の下には死体が埋まってる」だとか「桜の木には毛虫がたかる」だとか嫌なことを言うけれど、それでもセタンタが桜を嫌いになることはなかった。
「兄貴だって花見とか好きなくせに」
なんで意地悪ばっかり言うんだろう、とセタンタはふくれっつらをした。
毎年、春になるとセタンタ、エミヤ、ランサーと護衛たちで花見に行く。エミヤの作ってくれる弁当はとても美味しい。ランサーが用意する日本酒、の味はセタンタにはわからない(わかりたくもない)。お酒はハタチになってから。
セタンタは桜の木の下に立って両手を広げる。ちらちらと落ちてくる花びら。これを集めて持って帰ったらエミヤは喜ぶだろうか?
笑うエミヤの顔を想像してセタンタはしばし夢想にふける。きれいなエミヤ。やさしいエミヤ。桜の花に似たエミヤ。
春はいい季節だと思う。
あたたかくて眠くなる。
そろそろ帰ろうとセタンタはランドセルを背負い直した。あくびが漏れる。
大きく開いた口をぱくりと閉じると、セタンタは校門に向かって駆けだした。


「ただいま!」
坂道を下って辿りついた邸宅。玄関を開けて大声で叫ぶと、セタンタはエミヤの気配をサーチする。
……うん、今日は部屋にいる。
にんまり笑んで靴を脱ぎ、セタンタはエミヤの部屋へまっしぐら。
「エミヤただいま!」
再度の挨拶と共に襖を開ければ眼鏡をかけたエミヤがちょうど顔を上げるところだった。
ペンを置いたエミヤは、にっこりと微笑んでみせる。
「おかえり、セタンタ」
大事はなかったか?といつもどおりに聞くので、ない!といつもどおりにセタンタも答える。そして膝に甘えかかるようにダイブした。
眼鏡を外していたエミヤは少し驚いたような顔をして、だけどすぐに笑ってくれる。
エミヤはやさしい。本当に。
エミヤはセタンタの頭を撫でようと手を伸ばして、ふと怪訝そうな表情をする。なんだろう?セタンタが思っている内に、エミヤの指が何かをつまみあげた。
「エミヤ?」
「もう、そんな季節か」
差しだされた薄紅色の花弁にセタンタは目を丸くした。ついてきてたのか。そうつぶやいてまじまじとそれを見る。
「あ、うん、すごいんだぜエミヤ! 学校の桜なんかすっごくきれいで! オレ、なんかうれしくなった!」
「君がそう言うのならさぞかし美しいのだろうな」
エミヤの方がきれいだけど。
言いかけた言葉をセタンタは飲みこむ。だってエミヤの笑顔がとてもやさしかったから。
「休みになったら、花見に行こう。散ってしまわないうちに」
「うん!」
セタンタはぐんぐんとうなずいた。しっぽがぱたぱたと揺れる。
「エミヤの弁当、楽しみだな」
「桜より弁当が気になるのかな?」
「そ……んなこと、ないけど」
そこでセタンタの腹からぐうう、と間の抜けた音がする。目を丸くして、それからばっと鳴ったばかりの腹を押さえセタンタは瞠目する。
エミヤも目を丸くしていたが、ふっと噴きだした。
「花より団子、か」
ハナヨリダンゴ?
その意味はよくわからなかったけど、まあいいやとセタンタは片づけた。だってエミヤが楽しそうに笑ってる。
「何か作ろう。何がいい?」
立ち上がって問いかけてくるエミヤを見上げ、セタンタは少し考えてから、
「ホットケーキ!」
きっぱりはっきり言いきったセタンタにまたエミヤが噴きだす。まったく君は、とつぶやいてくすくす笑って、エミヤは襖に手をかけた。
「しばらく待っていてくれるかな。すぐ出来る」
「あ、あ、オレも一緒に行く!」
慌てて言ってセタンタも立ち上がり、エミヤの服の裾をつかんだ。なんだか少しでもエミヤと離れるのが惜しくて。
邪魔はしないでくれるかな、と笑いながら言ったエミヤに、セタンタは大きく返事を返して、ぐんぐんぐんと何度もうなずいた。


「うん!」



back.