畳の上に正座をして、セタンタはエミヤの話を聞いていた。
「ということで、今日はお釈迦様の誕生日なのだよ。仏教では灌仏会という行事を執り行う。花祭りと言ったほうが簡単かな?」
お釈迦様ならセタンタも知っている。確か……
「てんじょうてんげ、ゆいがどくそん! とか、言ったえらい人、だよな!」
「ほう。よく知っているな、すごいぞ? セタンタ」
「図書室にあった本で読んだ!」
ただしほとんどひらがなだったけれど。だから漢字はよくわからない。なんとなく言いたいことは伝わってきた感じ、だったけど。
セタンタはうーむと眉を寄せて、
「なんか兄貴みたいな感じなんだよな?」
「いや……その、それは違うぞ、セタンタ」
「え、なんかとにかくえらそうな奴のこと言うんじゃないの?」
「それは間違いなのだよ」
困ったようにエミヤは首をかしげて、静かにゆるゆると話しだす。
エミヤの話し方が、セタンタは好きだ。エミヤの声も。言葉の選び方だとか。つまりは全部。
セタンタにとってお釈迦様とかよりエミヤの方が尊い。なんて言ったら怒られそうだけど、だけど本当だから仕方ない。それに、お釈迦様は嘘を嫌うんだと聞いたような気がする。だからセタンタは嘘はつかない。心のままに自由に言う。
エミヤが好き!
「天上天下唯我独尊、とは天の上にも、天の下にもただ我一人が尊い、という意味で。ただ我一人が尊いとはひとりひとりがかけがえのない人間だということだ。決して偉いだとかそういったことを問題にしているのではない」
「へえ……」
不思議だ。
難しいことを言われているのにエミヤの声で話されると頭にするっと入ってくる。すごく不思議だ。
セタンタは忘れないだろう。エミヤから教えてもらったこと全部を。
そう言うと兄はきっとだとか絶対なんてないんだなんて意地の悪いことを言う。でもいいのだ。エミヤが笑って頭を撫でてくれるから。
“そんなことを言うものではない、ランサー”
そう言って、セタンタの頭を撫でてくれるから。
やっぱりお釈迦様なんかよりエミヤの方がすごい。誰よりも何よりもずっとずっと。
「なあエミヤ」
「うん?」
「花祭り、ってなんだ?」
ぐんっと一度大きく首を縦に振って、思いだしたようにセタンタは顔を上げた。そしてたずねる。
「桜となんか関係ある?」
「桜……間桐桜嬢のことかな」
「うん」
桜は花が好きだ。名は体を現すというのかなんというのか。見るのも育てるのも好きだということで、セタンタは連想したのだが。
エミヤの顔を見ると違うようだ。
「花祭りとは釈迦誕生仏像に、甘茶をかけて参拝する行事のことを言うのだよ」
「え、花は? ていうか、甘茶ってなに」
「済まない……私もそこまではよく知らないんだ。そうだな、今度キャスターにでも……」
「だめだ!」
大音量で叫んだセタンタにエミヤは目をぱちくりさせる。思いきりこぶしを握ったセタンタはしばらくしてから気づく。あ、やばい。
「えっと……その……」
あわあわと言い訳をしようとしだしたセタンタに、目を丸くしていたエミヤがくすりと笑う。
「そうだな。君は彼女が苦手だった。それに……彼女もまた、寺に住まうようになって日が浅い。たずねたとしても、よくわからないと言われるだろう」
笑って軽く頭を撫でてくれるエミヤの手。
それはとてもやさしくて温かくて、セタンタはほっとすると同時にうっとりとしたのだった。



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