四月末。世間はとうとう黄金週間、いわゆるゴールデンウイークに突入した。
街はにわかに活気を増し、まあなんというかお祭り騒ぎだ。
休日の子供の常として早起きをし、寝巻き姿で目を輝かせ行楽地の中継を見ていたセタンタは、背後から兄に頭を叩かれ「そんなに興奮してんならちょっと血抜きでもしてこい。駅前にトラックが止まってっからよ。さて、いまは何型が重宝されてんだかは知らねえが」
などと、意味のわからないことをさらっと淡々と言われて、言い返す前に頭が飽和状態になってただ赤い瞳をぱちくりさせるだけだった。
「それともエミヤに手伝ってもらうか? 奴は嫌がるかもしれねえが、腕は確かだ。きっと鯖あたりでも三枚に下ろす程度にゃあ簡単に―――――」
「朝からなにを猟奇的なことを言っているのかね君は!」
べん、と背後からおたまを持ったエミヤに頭を叩かれてつんのめった兄、ランサーを見てもセタンタはなおも???なんですか?わかりません!状態だった。エミヤが料理が上手いことはセタンタだって充分知っているけれど。
「んだよ。褒めてやってんのに」
「そんな褒め言葉などいらんよ! 爽やかな休日の朝から子供に向かい、なんて情操教育に悪いことを平然と言っているのかね、君は!」
「わーエミヤ教育ママみたーい。ああうん、そうだったよな、おまえははなっから根っからの母親気質だったよな、オレは知ってたぜ、うん」
それでオレが自由奔放な教育方針のパパだ。
そう言って正面からエミヤを抱きしめたランサーに、さすがにセタンタも覚醒してちゃぶ台に手をつき、がたん!と立ち上がった。
ママの―――――ではなく。愛するエミヤのピンチ、である。
「朝っぱらからなにやってんだよこのエロ兄貴っ! はなせ! エミヤをはなせすぐはなせってばはーなーせー!」
服の裾を掴んでひっぱってみるけれど、兄はびくともしないこと山の如し。
「んだよガキ。朝から夫婦の営み邪魔するんじゃねえよ。つうかだな、見てんじゃねえ。このエロガキが」
「えろくねえっ! オレえろくねえもん! 兄貴とはちがうんだからなっ!」
「夫婦の営み、っ、とはっ、」
エミヤが呻いた。
抱きつかれた状態から力をこめ、ぐぐ、と眉間に皺を寄せ、


「なにを戯言を言っているのかねランサ―――――!!」


クロックアップ―――――ではないけれど、そんな感じに近い雰囲気でランサーを跳ね飛ばし、すぐさま手にしたおたまで追撃を加えた。 クロックオーバー。
目の前で繰り広げられた光景と、畳に伸びたランサーを見て、セタンタが感嘆の声を上げる。
「す……」
完全に上を向き、勢いよく振られるしっぽ。
「すっげえエミヤ! かっこいい!」
きらきら輝く赤い瞳に普段ならばやさしくこたえるエミヤだったが、そのときはそれどころではなかった。彼曰く。
「朝食の準備が整ったというのに、それを放って悪戯に興じるとはなにごとか」―――――。
……やはり、エミヤはこの邸宅の母、ひいては寮母であった。


「昭和の日?」
大好物のエミヤの卵焼きを口にしつつ、首をかしげてセタンタが問う。それにうなずき、魚をほぐしてセタンタの皿に乗せてやりながらエミヤは真面目な顔で述べる。
「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日―――――と言われているがな。なるほど、確かに、昭和に生きた人々は偉大だ。彼ら彼女らが築き上げた基盤の上に今の私たちの暮らしがある。そう考えれば、決して“時代遅れ”だの、“古臭い”だのとは言えんな。なあセタンタ?」
「おいこらエミヤ。ガキに振るふりしてさりげなくオレを非難すんな。つかなんだ。今日はやたらに冷てえっていうか、おかんむりっていうか、後を引くじゃねえか。飯の準備をないがしろにされたのがそんなに不満かよ」
頭にこぶを作ったランサーがふてくされたように箸でエミヤの顔を指すが、真顔で睨まれ半眼になり箸を下ろした。
「ランサー、君。タイムマシンにでも乗って昭和に行ってくるかね? 一度あの時代を体験すれば君も……」
「お断りだ。オレにゃあんな禁欲的な時代は合わねえよ」
「ふむ、確かに」
「……なあ、おまえ怒ってんだろ。怒ってんな? だったら言えよ。機嫌直せ。おら、キスしてやっから」
「だから君はそういうところが!」
「このエロ兄貴!」
エミヤとセタンタ、ふたりからの怒声を受けたランサーは平然と、山盛りにされた白米をぬか漬けで片づけた。
「エミヤ、オレ知ってる! 兄貴みたいな奴のこと、“平成ベビー”っていうんだよ、な!」
「え? あ……ああ、え? ああ、その、いや、セタンタ。それは……違う……ぞ?」
まあある意味平成の申し子のような彼ではあるのだけど。平成ベビーとは違う。確実に。
次期当主様のびっくり発言に瞠目し、一瞬呆けたエミヤであるがすぐに我を取り戻し、箸をくわえるセタンタの肩に手を置く。
「いいかね、セタンタ」
その言葉に素早く口から箸を抜きだし、ぴし!と背筋を正す。もちろん姿勢は正座だ。
「うん!」
「君はあの懐かしくも愛おしい激動の時代をあまり知らないだろうが、これだけは知っていてほしい。彼ら彼女らは……懸命に生きた。それ故、今ここに私たちの平和な暮らしがある」
まあ、ちょっとその、騒がしくはあるが。
少し困ったような顔をしてつぶやいたエミヤだったが、すぐに真顔に戻り、言葉を続ける。
「だから感謝しなければならない。セタンタ、難しいことかもしれないが……」
「ううん!」
セタンタは元気よく声を張った。エミヤの顔を正面からまっすぐに見、ぐっと両の手で握りこぶしを作って全身に力をこめる。


「オレわかる、わかるぜエミヤ! そのショーワの人たちは、英霊☆戦隊、サヴァレンジャーみたいなもんなんだよな!? オレ尊敬する! すっげえ尊敬する! だってかっこいいもんなっサヴァレンジャー! あ、でもでもだけどオレが一番かっこよくてかわいいと思ってるのはエミヤで、」
「……………………」
きらきらと輝く赤い瞳。
完全に“こまったなあ”という顔でそれを見ながら何も言えなくなったエミヤに向かい、あさりの味噌汁をずずずと音を立ててすすったランサーは、テレビに視線を向けたままで大して興味もなさそうに言った。
「バッカじゃねえのかてめえ」
間違った方向に尊敬されてしまった昭和の人たちは草葉の陰で泣いていた。たぶん。



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