邸宅に渦巻く熱気。
庭には小学四年生の子供がいち、にい、さん……たくさん。
「今日は―――――?」
中央の青い髪の赤い瞳の子供がささやく。セタンタ。この邸宅の次期当主であるが、だが今はそんなの関係ねえ、だ。
円陣を組むようにしてカンタ、ジロウ、イマヒサ、コウタ少年、それからミミ少女。
「今日は―――――」
彼ら(内ひとり彼女)は唱和すると、次の瞬間片手を振り上げて叫んだ。
「こどもの日―――――!!」
ワアアアアア。
子供たちが一気にその、なんていうか。
暴徒、みたいな?言い方は悪いけれど。
そんなテンションと、化した。


「こどもの日こどもの日こどもの日ー! オレたちの日だぜ! 天下だぜ! なにしようなにしようなにしよう!」
「おちつけ! まずは、こいのぼり見ようぜこいのぼり!」
「うおおおおー! すげー! でけー! なげー! てっぺんのやつ超カラカラ回ってるー!」
「オレこいのぼりの中入って遊んだことある!」
「まじで!? どんな!?」
「このまえの避難訓練の煙から逃げるときみたいな!!」
「うおおおおおおー!」
庭の右隅に存在感を持ってそびえ立つこいのぼり……大きい真鯉はだとかは関係ねえ。らしい。
少年少女たちは次の話題に移る。
「セタンタんち五月人形もあるだろ五月人形! どこにあんだよ!」
「居間! 昨日オレとエミヤとおっちゃんたちで出してきた! あとで見ようぜ!」
「セタンタんとこの五月人形ちゃんと鎧でかっけえんだよなー、オレんとこのアレなんだもん、ほら、アレ」
「赤フン?」
「ちげーよいやそれあってるけど微妙にちげー! 金太郎だよ金太郎ー!」
「尻まるだしなんだよなアレ!」
「なあなあオレ変なの見たことある!」
「まじで!? どんな!?」
「なんか“ダースベイダー”とかいうのと、鎧着た金太郎がバイク乗ったやつ!」
「すげー! でもなんでバイク乗ってんだよー! ていうかそれライダーさんじゃねえのかよライダーさん! ライダーさん人形! はははははは」
「ちっげーだろライダーさんは自転車だろー」
「なんだよ知らねーのかよ! ライダーさんときどきすっげーでっかいバイク乗ってサングラスかけて街の中すっげースピードでえーとなんだっけ“べるれふぉーん!”とか言って走り回ってるときあるぜ! オレ見たもん兄ちゃんと!」
「まじで!? すげえー! 見てえー!」
まさかこんなところで話題にされているだろうとはライダーも露知らず。というかぜひ忘れてほしいだろう彼女的に。
「あ!」
「なんだよカンタ」
「あれだセタンタ、あとで身長はかろうぜ身長! 柱の傷はおととしの! 五月五日のせいくらべ!」
「あっそれオレもやりたい! やりたいセタンタ!」
「でもイマヒサおととしと去年から全然伸びてねえじゃん、それじゃ同じとこに傷つけるだけじゃねえの」
「柱折れる!」
「なんで!?」
「傷深すぎて!」
「た―――――お―――――れ―――――る―――――ぞ―――――!」
「やべーセタンタんち崩壊するー! ドリフドリフー!」
爆笑する子どもたちに向かい、居間から続く台所から出てきたエミヤは声を張って、
「君たち、菖蒲湯の用意が出来ているぞ。ちまきやかしわ餅も用意した。気が済んだら、入ってくるといい」
「うおー! セタンタんちの風呂、すげーんだよな銭湯みてえで! 男湯と女湯あるし! な、ミミ!」
「あ、うん!」
「こどもの日だけど実は今日はオレたち男の節句なんだよな、女にはひな祭りあるし。だけどオレたちおまえのこと仲間はずれになんかしねえからなミミ!」
「う、うん!」
「……なんかあやしくね? なんか、コウタあやしくねー!? ミミにやさしくねー!?」
「なっ、ばっ! ちげーよ! 全然やさしくなんかねーよ!」
「じゃあやらしー!」
「意味わかんねーし!」
「い……いいから早く入りにいこうよみんな、その、ほら、エミヤさん困っちゃうよ?」
あわあわおろおろとコウタ少年とミミ少女、しかしそれぞれその心中は違うのだが、まあ言わぬが華だ。難しいお年頃でもあるし。
「エミヤは? エミヤは一緒に入らねえのか?」
「大人の私が邪魔をしては悪い。今日はこどもの日だ。主役の君たちが、存分に入ってきたまえ」
「セタンタはほんとエミヤさんが好きだよなー」
「……やらしー?」
「やらしくねーし! 兄貴みてえなこというなっ」
しっぽをびよん!と逆立てて友達に食ってかかっていこうとしたセタンタに、エミヤは腕を組んで静かに。
「セタンタ」
がるるる。
噛みつく寸前だったセタンタはくるりと振り向く。
「夜。よければ、一緒に入ろう。それでいいかな」
ぱああああ、と赤い目が輝いた。
ぐんぐんぐん、と首を大きく縦に振ってセタンタがうなずく。
「うんっ!」
そう言うとセタンタは頬を薔薇色に上気させてだっと庭から駆け出した。てめーらオレについてこい!状態である。テンションはずっと前からマックスハート。
「セタンタ待てよおまえ超足はやいんだからよー!」
「ジロウジロウオレ知ってる! こっちの抜け道通ると、だいよくじょー?の前まですぐ行けるんだぜ!」
「まじで!? すげー!! 裏テク裏テク! ショートカット! テレッテッテー!」
「ま、待ってよみんなー! はやいよー!」
「ほらミミこっちだよ、ほんとおまえ、足遅い」
「コウタやーらしー!」
「だからちげーって言ってんだろー!」


歓声と絶叫と足音が遠ざかっていく。
嵐は去った。
思わずため息をついて壁にもたれかかったエミヤに、新聞を読んでいたランサーが声をかける。いたのだ。実は、この男。
「別によそん家のガキの世話まで焼いてやるこたねえだろ。おまえは本当面倒見がいいよな」
「セタンタの友達だろう? ならきちんとしてやらねば。特に彼ら彼女らには懇意にしてもらっていることだし」
それに、セタンタが喜ぶのなら。
そう言ってふ、と笑ったエミヤを見上げ、ランサーはくわえていた火のついていない煙草をぴこぴこと遊ばせる。そして口端を吊り上げ、新聞をばさりと広げ直した。
「ったくよ。この、おひとよしが」
あーそれにしてもアニメ番組とかしかやってねえー。
そうぼやくランサーは、そういえばと新聞を見たまま。
「あいつらよ、普通に接してたけど中にいたよな。金ぴか社長の弟」
「……いたな。まったく普通に溶けこんでいたので、私も口を出す機会を失ったのだが、セタンタは一体どこで彼と知り合いに……」
確か通っている小学校は違ったはずである、というかそもそも日本のみならず全世界にその流通を広げるグループの跡取りであり、おそらく日常的に想像を絶する英才教育を受けている件の弟が普通の小学校に通うのか。
そもさんせっぱ。
「でもってよ、金ぴか野郎もいたよな」
「…………あれは見間違いなんかじゃなかった、か―――――。仕事はいいのだろうか?」
「いいんじゃねえの。もともとまともに仕事なんぞする気もねえような奴だし、それなのに会社はどんどんでっかくなっていくとかなんかよ、そういう一種の呪いみたいなもん背負った奴だし。弟はよっぽど本人より人格出来てて将来性があるし、でなくても金ぴか自体が無駄に金とカリスマ持ってやがる。このまえまたデパートおっ立てたって聞いたぜ。オレは」
風の噂でだけどよ。
その幼なじみの言葉にエミヤは瞠目する。なんて―――――。
なんて、黄金律な兄弟―――――!
「話は変わるけどよ」
というか目の前の“兄”も大抵因果なものを背負った兄である、などと考えていたエミヤはかけられた声に少し遅れて反応する。
「ああ、うん? どうしたのかね、ランサー」
「今日はガキの節句だが。自転車の日でもあるらしいぜ。ライダーの日ってやつだ」
ライダー。先程少年少女たちのあいだで話題になっていたが、彼女、実はかなりのスピード狂である。物静かで読書好きなやさしいお姉さんというイメージがあるがママチャリ(!)で街を疾走する姿を多くの者が目撃しているのだった。
「そうか……」
「でもってよ、ついでにマキリの嬢ちゃんとこの兄貴の日でもあるらしいぜ」
「? 何故かね」
マキリの嬢ちゃん―――――間桐桜。つまり間桐慎二のことをランサーは言っているのだ。エミヤたちはそう付き合いが多い方ではないが、なかなか面白いタイプの人間であると理解はしている。
首をかしげるエミヤにランサーはにやり笑って、
「わかめの日なんだと。今日は」
…………。
ああ。
そうか。どことは、言わないが―――――ああ、そうか―――――。
「ちなみに十一月十五日がこんぶの日だ」
「……貴重な情報を、ありがとう」
「ならキスしてくれよ、礼に」
「それは断る」
なんだよ一緒に森でせいくらべした仲じゃねえかとか、菖蒲風呂だって一緒に入っただろ、というランサーのぼやきをまるっと無視したエミヤはそういえば人数分のバスタオルを用意していないことに気づき、離れの脱衣所へとふかふかフローラルな匂いのそれを運ぶことにしたのだった。


ちなみに五月五日はメロンの日でもあり、少年少女と社長兄弟たちが帰ったあとの夜また三人そろって菖蒲湯に入った彼らが食べたデザートは、ぶ厚く切られた高級メロンだった。
各種記念日。こどもの日だけで充分脅威だというのに……と、先割れスプーンでやわらかい果実を掬いつつエミヤは思ったという。



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