五月六日。
ゴールデンウイーク、黄金週間の最後の日だ。
帰省ラッシュなどのピークもとうにすぎ、人々は明日からまた始まる日常へと向けて力を溜めるべく体と心を休めていた。セタンタも、またそのひとりである。
「…………」
エミヤの部屋。
カリカリとペンの音が響く中、広い背中にもたれかかりつつ靴下をはいた足の指先を遊ばせる。セタンタは靴下は白派だ。なんというかあんまりこだわりはないし、エミヤが選んでくれるし。
恋人に身につけるものを選んでもらうのはいいことですよって誰かが言っていたなとぼんやり思いだしながら、後ろの体温を思う。
いつもの黒の上下越しに伝わってくるほのかなあたたかさ。これぞ春。そういった感じだ。
たまにはセタンタもエミヤに身につけるものを選んであげたいと思ったりするけれど残念ながらまだセタンタにはそういうことがあまりよくわからないし、なんというか。
黒の上下のエミヤが、セタンタは大好きだったり、するのだ。
凛としていてきれいだ。それでいてやさしいし、かわいい。エミヤはセタンタの自慢のこいびとである。
考えるとうれしくなってきてセタンタはやや荒く鼻息を鳴らした。自慢のこいびと!なんだかすごく、イイ。
非常に心癒される。
カリカリカリ。
「…………」
の、だけど。
セタンタは振り返って、いったんエミヤの広い背にぺたりと頬をつけるとすぐ離れた。上手いこと手を動かしているエミヤの邪魔にならないようにその腕に後ろからまとわりつく。
「エミヤ?」
名前を呼んで、合った視線は眼鏡越し。そうなのだ。最後の休日だというのに、エミヤは仕事をしていたのだ。
なにかな、と答えられる前にえいっとセタンタは全身でもってエミヤに飛びついた。それにはさすがにエミヤも少々よろめく。セタンタが大好きな鋼色の目をぱちくりとまばたかせて、
「セタンタ」
「なんで最後の休みの日に仕事してるんだよー。そんなの、明日かあさってかしあさってやったらいい!」
「いや、そのだな、セタンタ。その日のうちに片付けておかなければいけない仕事というものはある。君だってそうだろう?」
宿題とかそういったものがあるだろう。
言われてセタンタは眉を寄せ口をういーと横に曲げた。しゅくだい。あまり聞きたい言葉でもない。
「宿題はっ! ……やるもん。オレちゃんとやるもん。だけど、エミヤのは宿題じゃないし、それに今日は最後の休みだし、」
「うん」
うなずくと、微笑んでエミヤはセタンタの頭を撫でる。
「君は宿題を放りだしたことなど一度もないな。賞賛に値するよ」
くりくりくり。
大きな手に頭を撫でられて、セタンタは、とろけた。
眼鏡越しのやさしい目。やさしい笑顔。やさしい声、やさしい言葉。ああエミヤ。オレのエミヤ。まいすいーとはーと、だっけ?うん、確かそんなだったはず。
うんうん心の中でうなずいて、うっとりエミヤを見上げていたセタンタは


「ちがうっ!!」
「!?」


足の裏に仕込まれたばねを使うように跳びはねて立ち上がり、正座していたエミヤを見下ろして腰に手をやった。そうして瞠目しているエミヤにぐいっと顔を近づけひとことひとこと区切るように、
「あぶなかった! あぶなかった! エミヤ、オレのこと丸めこもう? とした! 危うくオレってば……!」
だってエミヤかわいいしきれいだしやさしいしオレだいすきなんだもん、と冷や汗を拭ってつぶやいて、セタンタはなおも言い募る。
「恨まない、恨まないけど怒る! オレ怒るぞエミヤ! 休まないといけないんだ、休みの日には休まないと! そうでなくたってエミヤ、毎日働きすぎなんだから」
「セタンタ」
「答えは聞いてない!」
叫ぶとすぐさま行動に移した。飛びかかるように抱きついてそのまま畳に押し倒す。ペンはころころと遠くへ転がっていった。
ぎゅうとしがみつき、抱きしめる。
「はがいじめの刑っ」
そんでもって人間ゆたんぽの刑、と続く。人間ゆたんぽは冬の技で今の季節にはちょっと向いてないけど、まあそれはそれで。
世の中にはじわじわあったかいのが持続するのがいいっていうお疲れさんもいるっていうし。
「絶対はなさないんだからなっ」
今日は、エミヤは休み!
それでオレも!と宣言するとセタンタはさらに体を密着させた。そして出来る限り声を低くして、
「もし逆らったりなんかしたらくすぐり地獄なんだからな!」
最終通告なんかを、してみせた。
辛いのである。くすぐり地獄。セタンタもクラスメイト相手に得意としているし、兄からも喰らったことがある。兄のは流派が違って、かなり卑怯な感じだけど。
それを聞いたエミヤはしばらく無言だったが、
「それは、困るな」
ふ、と噴きだして、やわらかく眉を八の字にしてみせた。
「私はそういったものが苦手だ。……昔からことあるごとにランサーに繰り返されて、とても困った」
「だったらおとなしくオレとゆっくりするんだ!」
「わかった、わかったから」
ゆるしてくれないか?
微笑んだまま言ったエミヤにセタンタは一瞬目を丸くし。
それから、
「ん!」
満足そうに言って、エミヤの頭をわしわしと撫でてやった。いいこいいこ、という風に。
―――――それからすぐ眠気がやってきて、ふたりは畳の上で眠ってしまった。やはり疲れていたのだ、とうとうと何度もまぶたを落としかけながらも、セタンタは思った。
こいびとのたいしつかんりはきちんとやらなければ!
……眠かったのと、漢字が難しかったのとで、全部ひらがなでだったけれど。きちんと休むときは休ませる。
こういうときならランサーはきっとプロレス技とか寝技とかをかけたり、くすぐり地獄とかでエミヤを余計に疲れさせるのだろう駄目な男だ、なんて夢に落ちていきつつも想像して。
黄金週間最後の日を、大事な相手と一緒にすごした。



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