ささのはさーらさら。
新品の浴衣を着てセタンタは上機嫌だ。学校から飛ぶように帰ってきて大急ぎで着替え、昨日のうちに用意しておいた短冊に願いごとを書いて吊るしていく。横には同じく浴衣姿のエミヤ。今日は髪を下ろしていて、それが何だかとてもいい、と思うのだった。
黒地に白で模様が描かれた浴衣に身を包んだエミヤは、きれいだ。
明るい青に金魚模様の浴衣姿のセタンタは輪細工も一緒に吊るしながらちらちらとエミヤを見る。するとエミヤがセタンタの方を向き、目と目があう。
イシンデンシン。
そんな言葉が脳裏に浮かび、セタンタは満面の笑みを浮かべた。オレたちつながってるよな、エミヤ、と。その腕を掴んで言ってしまいたかったけれど我慢した。
だってそんなのはわかりきっていることだから。
それにしても、
「すげえよな、短冊の量。護衛のおっちゃんたちの分もあるもんな」
そうなのだ。グループごとに代表でまとめているにも関わらず、護衛たちの短冊の量は多い。相当に多い。
それだけ人数が多いということである。笹は少し重さでしなっていた。大丈夫かなとセタンタは思う。するとエミヤも苦笑し、口元へと手を当てた。くすくすと小さな声が漏れる。
「そうだな。だが、まあ、頑張ってもらおう。今年は特に頑丈に育ったということだし―――――心配はないはずだ」
「ん!」
確かに笹は太かった。毎年同じところから買い付けているので、その違いがよくわかる。今年は特に。エミヤの言葉はまさにそのとおりだ。
「君のようにすくすくと育った笹だな、セタンタ」
「え?」
「すこやかで。好ましいと、私は思うよ」
しっぽが逆立つ。好ましい!それは好きだということだ!
セタンタは思わずエミヤに抱きついた。少し驚いたようにエミヤが後ずさる。セタンタ?と問いかける声に、
「オレも!」
「うん?」
「オレもエミヤがすきだ!」
浴衣の生地に埋もれながらもぐもぐと力いっぱい叫んだ。ちょっと沈黙。それから、ふわりとセタンタの頭の上に大きな、エミヤの。
ひとしきり頭を撫でられ、セタンタは名残惜しいとばかりに最後にぎゅうっとしがみついてから体を離した。見上げればエミヤの笑顔。とろけるようにセタンタも笑ってしまう。
「そういえば、エミヤはなんて書いた?」
護衛たちの短冊を見ながらセタンタはたずねる。“御家繁栄”“血筋存続”“商売繁盛”だとか漢字ばかりで、セタンタにはよくわからない。それよりエミヤだとたずねると、エミヤは瞠目して何だか照れたような顔をする。
かわいい。
すごくかわいい、とセタンタは思った。エミヤはかわいくてきれいだ。うん、いつもだけれど。
「……あ、ああ、うん。それよりも、セタンタ。君は一体?」
「オレ?」
セタンタはぱちぱちとまばたきをすると、梯子に足をかけた。よじ登っていって笹の中くらいのところまでに吊るした短冊をエミヤへと示す。油性マジックで書いた文字は大きくて最後が詰まってしまったけど、結果オーライ。
文字なんて読めればいいとセタンタは思う。エミヤに書く手紙とかでなければあんまり気をつけない。
「オレはこやって書いた!」
エミヤが覗きこむ。
セタンタはほくそ笑んだ。
「“エミヤとずっと恋人同士でいられますように”って!」
それからそれから、と短冊をかきわけていく。
「“エミヤがずっと元気でいられますように”“エミヤがオレのそばにずっといられますように”“エミヤがずっとオレにホットケーキ作ってくれますように”あと……」
「セタ、」
「馬鹿の一つ覚えだなこの色ガキ」
がしゃん、と。
横から梯子に振動が与えられて、セタンタはだるま落としのてっぺんの段の気分を味わった。慌てて駆け寄ったエミヤが押さえてくれなかったらきっと、すとんと落ちていたんじゃないかと思う。
肝を冷やしたセタンタは大きくため息をついてから勢いよく振り返る。そこには予想通りに。
「バカ兄貴……!」
セタンタの着ているものより深味のある青い浴衣を着たランサーの姿があった。火のついていない煙草をくわえて、大きく開いた胸元を掻いている。だらしねえ、すごくだらしねえ!とセタンタは思った。
「危ないだろうランサー! 人が乗っている梯子を蹴るなど……!」
「こんなんで落ちるような反射神経じゃどの道うちの流派なんて継げねえよ。オレがこいつくらいのときには、この三倍の高さの木から飛び降りてもなんでもなかった。おまえだって覚えてるだろ? エミヤ」
「それは確かにそうだったが! ……そういう問題ではなくだな!」
「エミヤを困らせんなバカ兄貴!」
セタンタはえいっと梯子から飛び降りると(結構決死の覚悟だった、やってみたらできたけれど)ランサーの向こう脛に蹴りを繰りだす。だがしかしそれは回避されて、すてん、と。
「セタンタ!」
行く前にエミヤが両腕を持って支えてくれた。傍にいたのと、地面の上だというのが決め手だったようだ。
「だっせえの」
「……ださくねえええええ!」
エミヤに両腕を持たれたままじたばたと足をばたつかせるセタンタを鼻で笑うランサー。しばらく喧騒が夕暮れの空に響き渡った。
「まったく、君はいちいちセタンタにちょっかいを出せないと顔を出せないのかね」
落ちついたセタンタを地面に下ろしてエミヤがため息をつく。それにランサーは右眉だけを器用に上げてみせるとにやりと笑い、
「なら、おまえにちょっかい出すって方向性に変えるってのはどうだ」
「なんでだよこのエロ兄貴!」
べん、ぺん、とそれぞれ強弱の制裁。
青い大小の頭を平手で叩いてもう一度ため息をついたエミヤは、ランサーへ短冊を渡し、油性マジックも一緒に握らせる。そうして顎で笹の方をしゃくった。
「もう言い争いは済んだだろう。……ランサー、君も願いごとを書いていきたまえ。なに、笹にはまだ余裕がある。君ひとりぶんくらい何でもない」
その言葉にランサーは笹を見て、手の中の短冊を見ると。
「オレの願いごとはなあ。刺激が強すぎて、どうにも」
「なに書く気だよこのエロ兄貴! エロ兄貴!」
「ランサー……」
「冗談だ。オレはいらねえよ」
そう言ってランサーはエミヤの手の中へ短冊とマジックを戻す。
「願いごとをするってのは性にあわねえ。叶えてえことがあったら自分で叶える。誰かの力なんて借りねえって決めたんでな」
ふ、と。
エミヤがゆるく眉を寄せる。
「昔は……君も」
「昔は昔だエミヤ。ガキのころは確かにやってたがな」
多くは語らずランサーはフィルタを噛む。そしてそれはおまえが使え、と幼なじみの手の中の短冊を示した。
セタンタは兄とエミヤを交互に見やる。多少眉根を寄せたが、エミヤが微笑ったのを見て安心し、ほっと息をついた。
「ならば、使わせてもらうとしようか。……セタンタ、ランサー?」
呼ばれた兄弟はそろってエミヤを見る。それに悪戯っぽく首をかしげ、エミヤは後ろを向いていてくれ、とささやいた。
「私も……少々照れくさいのでな。書き終わるまでは、せめて」
うなずいて兄弟は後ろを向いた。セタンタは振り返りたくてうずうずし、しっぽもそれに応じてうずうずとしたが我慢した。ランサーは普通に目を盗んで振り返ろうとしていたのでセタンタが必死に阻止した。
「ああ、もう大丈夫だ」
こちらを向いても。
声に振り返れば、目元を赤く染めたエミヤの姿。差しだされた短冊を見て、セタンタは笑い、ランサーもまた笑ったが、その笑みは意地悪い類いのものだった。


「水羊羹を冷やしてある。少し遅いが、冷たい玉露も煎れよう」
短冊を吊るし終え、下駄を鳴らして縁側へと向かったエミヤに歓声を上げてセタンタが続く。後ろから抱きつく、小さな頭をランサーが叩いた。途端に甲高く怒鳴りだすセタンタをからかうランサー、仲裁に入るエミヤ。
鈴なりに短冊が吊るされた笹、その奥にそっと隠されるように一枚の短冊。
“ずっとこのままで”と。
書かれたそれは、叶えられるべきであるささやかな願いだった。


―――――と。
ここで終わればしんみりとした話なのだが、そうは行かないのがこの三人である。自らを彦星、エミヤを織姫にたとえセタンタが絶対に何があっても自分は七月七日以外にだってエミヤに会いに行く!と熱弁をふるったところをすかさずランサーが「無理だ」のひとことで切り捨て、当然のようにセタンタがリミットブレイクし。
いつもの兄弟喧嘩が勃発しようとしたところで鉄拳制裁、夕飯の時間を大幅にずれこませてエミヤの説教が数々の惣菜の代わりにふるまわれた。



back.