夜。
セタンタは正座をして箸を一生懸命操って夕飯の秋刀魚と戦っていた。秋の味覚と名高い魚だが、セタンタはどうも苦手だ。内臓は苦いし、小骨が多い。エミヤは秋刀魚は基本的に頭と背骨以外全部食べられるのだよ、なんて言うけれど。
むう。
唸る。
エミヤが作ってくれた夕飯だ。出来ることなら残さず全部食べたい、けれど。
難しい。
セタンタは焼き魚を白米と一緒に食べるのが好きだ。たとえば鮭とか。だけどこう、もぐもぐ咀嚼しているあいだにがちん、と骨が口の中で違和感をとなえたりするともう耐えられない。思わず涙目になってしまう。せっかく至高のハーモニーを味わっていたのに……。
だとか。だとか。そんなことを考えて箸をくわえていると、エミヤに注意された。
「こら。ねぶり箸は行儀が悪いぞ」
「あ、ごめ」
口から箸を出したとたんにめっ、と軽く鉄拳制裁。だがこれが鉄拳ならじゃんけんのグーは殺人拳である。それくらいに甘かった。わあとポーズだけセタンタは首をすくめてみせる。そのままわしわしと頭を撫でられて笑ってしまう。暖かな食卓。
それが、一人の男のせいでだいなしになるのはいつものことだ。
「ねぶり箸……なあ」
「……ランサー。なんだ、その真面目な思案顔は」
「いや。別におまえがいやらしく箸をねぶってくれたらなんて思ってねえし口に出したりもしねえよ」
「出てるぞ!」
「エミヤ、そこツッコむところじゃない! “なにかんがえてるんだ”って言うんだ! そこは!」
「ったく冗談だよ。うっせえな」
ホントにガキはよ食事中も静かに出来ねえのかね、なあエミヤ?
「セキニンテンカにもほどがあるぞ!」
最近覚えた言葉で兄を罵ると、セタンタはむうっと頬をふくらませた。エミヤはその背をぽんぽんと叩くと眉を寄せてランサーにも鉄拳制裁をくわえるかと思いきや生真面目にその名前を呼んだ。
「ランサー」
「んあ?」
「君な、そんなことではお付き合いをしている女性に嫌われてしまうぞ」
「ちょっと待ておいコラ」
「君は確かに見た目や言動は粗暴なところがあるが、真面目にしていれば精悍で美丈夫なのだから―――――」
「わかった。やめてくれ。オレが悪かった。なんもかもわかってるくせにほめ殺しの形を取って鈍感なふりして責めるのはやめてくれ」
「なんのことだろうか?」
なんのことだろうか。
セタンタは不思議そうにふたりを見た。こんなに完璧に言い負かされた(たぶん)兄を見るのは初めてかもしれない。すごい、エミヤ。格好いい。
しっぽをぶんぶん振り回して目をキラキラさせて見ていると、ランサーはああと唸って頭をがしがしと掻いた。
「わかったからよ。許してくれよ。なあエミヤ」
「なんのことかはわからないが、了解した」
「サンキュ。で、話が解決したところでおかわりだ」
そう言って茶碗を差しだした兄の前の皿を見て、セタンタは吃驚した。秋刀魚が、秋刀魚が、きれいに食べられている!
「多めか? 普通にか? ……それにしても、君の食べっぷりは気持ちがいいな」
「多めで。そう言ってくれるとこっちも食べ甲斐があるぜ」
「少しは遠慮してくれると……いや、なんでもない。冗談だ」
「おまえ、冗談言えたのか……」
セタンタは目を丸くするばかりだ。てっきり兄も自分と同類だと思っていただけに。だって、兄は、子供だ。
いや、大人だけど、どうしようもない、子供だったりもする。さっきみたいに。
あれ?
兄だって、苦いものは嫌いだったはずなのに?
「セタンタ」
「うえ!?」
「頬に飯粒がついているぞ」
仕方ないな、と笑ってエミヤは手を伸ばす。そしていつも通りにセタンタの頬から取ったご飯粒を口にひょいと入れた。それがうれしい。普段は、うれしいはずなのになんだかすごく子供扱いされている気がして。
むむむ。
「おお?」
怪訝そうな兄の声。セタンタは秋刀魚の身と白米を口に放りこむと、目をつぶってもぐもぐもぐ、と力いっぱい咀嚼する。ひょいぱく。もぐもぐもぐ。ひょいぱく。もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐもぐ。
ごくん。
「エミヤ! オレもおかわり!」
「あ、ああ。……いいのか?」
「いいんだよ! おかわりっ!」
多めで!と叫ぶセタンタに戸惑う様子を見せながら、エミヤは炊飯器から白米をよそう。山盛りにしつつ固めないように自然に気を遣い、突きだされた手に茶碗を手渡した。
「?」
エミヤと兄がふたりそろって首をかしげる中、セタンタはかきこむように夕飯を終えた。
つまらない意地を張らなければよかったと後悔したのは、デザートに大好きな梨が出てきてからのことである。
※セタンタは、少し大人になりました。



back.