すごい。広い。おおきい。
「はー……!」
セタンタは赤い瞳をきらきらさせてその広大な施設に見入る。施設の名はホームセンター。最近冬木に出来た、そこにいるだけであっという間に時間が経ってしまう魔性の施設だ。
「すごいな! エミヤ、すごいな!」
しっぽ、ぶんぶんしている。すっごいしている。ものすっごいしている。
リボンでくくったしっぽをちぎれんばかりに振って、セタンタはエミヤに訴えた。小さな手は握りこぶし。だってすごいんだもん。
グレイのカゴをカートにふたつ乗せ、エミヤはそんな様子ではしゃぐセタンタを見た。きょとんとした後で、首を傾ける。
「ああ、すごいな。私も小さい頃よく小父様たちに連れられデパートなどに買い物に行ったが、ここまでの規模のものはなかったと思うよ」
「だな!」
「デパートとホームセンターじゃ基盤からまず違うだろうが」
むっ。
赤い瞳が一方的に火花を散らす。真っ向からそれに向き合い、しかしかち合わないといった器用な真似を披露しつつ、ランサーは悠々と片手を広げてみせた。黒いダウンジャケットの上で花開く白い手、ゆびさき。
それに若いお嬢さんが見惚れている。セタンタはそれにもむっとした。
エミヤの隣を陣取っておきながらウワキショウとは何事か!
「おまえもだな、もちっと勉強しとけよエミヤ? デパートは縦に長い、ホームセンターは横に長い。覚えとけ」
「うん? ……そうだな、そうとも言えるか……」
「こんなバカ兄貴の言うこと聞いちゃだめだ! だめなんだぞエミヤ!」
じたばたしても一向に前に進まない。ランサーがセタンタの両腕を掴んで地面から持ち上げているせいだ。
「ちくしょー!」
吠えるセタンタ、ホームセンターに向かうまではまだまだ先が長かった。


「はー……!」
中に入ってからも少しぶすくれていたセタンタだったが、カートを押すエミヤについて回るごとにその機嫌は見る間に回復していった。瞳をきらきらさせて棚に陳列された膨大な量の雑貨諸々に見入っている。
「外から見てもすげえけど、中から見てもすげえんだな!」
その場でぴょんぴょん跳ねる、跳ねる。
ぴこぴこと上下するしっぽにエミヤは目を細めて。
「そうだな、すごいな。私も胸がどきどきしている」
「エミヤも!? エミヤもおんなじか!?」
「同じだよ」
頭をかいぐられ満足そうにセタンタは笑った。ふわふわ浮かれて上機嫌コース一名様ご案内、だ。さっきとは違って浮かれているせいで足元がややおぼつかない。
「それにしても……」
跳ねる足を止めて大きく一回転するセタンタ。両手はこれもまた大きく広げていた。目もまた、くるん、と。
「こんなおっきいとこにたっくさんいろんなものがあって、よく店の人は迷わないよな!?」
オレ迷いそうだもん、とつぶやいてセタンタは天井を見上げた。
「迷路みたいだ、なんか」
「おまえは人生の迷路に迷ってるがな」
「迷ってねえ!」
よくわかんねえけど!と、とりあえず兄の言には異論を唱えておくセタンタだった。
「セタンタ」
また一方的に火花を散らしているセタンタに、エミヤの声が降る。
途端に聞きつけて振り向いたその目前へ、優しい手が下りてきた。
目を丸くしてそれを見上げるセタンタに、
「迷いそうなら手を繋いでいよう。君が私の前からいなくなってしまっては困る」
エミヤは、そう、言った。
セタンタは目をきょときょととさせる。数度それを繰り返してから。
「ん!」
心底嬉しそうに笑って、目の前のその手を握りしめた。
白い頬と耳が紅潮していて、まるで赤いリボンのようだった。
「エミヤよ。おまえ、このエロガキを甘やかしすぎだぜ」
「エロくねえっ!」
「そうだぞランサー。滅多なことを言ってもらっては困る」
ガラガラとカートの車輪が床を滑る音。
セタンタは幸福にエミヤと手を繋ぎながら、あれこれとホームセンターの中を見回った。
小さな雑貨、大きな家具。
本当にあれこれと見るだけで時間が経ってしまって、“時間泥棒がいる!”と店内で叫んでしまったほどだ。(ちなみにエミヤのことも、いい意味で時間泥棒だと思っている。一緒にいると幸せすぎて時間が過ぎるのが早い)
「全部済んだな?」
リストが書かれたメモを上から下までざっと眺めてランサーが言う。店内のフードコートで買ったアイスクリームをセタンタとそろって舐めつつ、エミヤはそれにうなずいた。
「ああ。買い逃しはない」
「そうか。ま、おまえの言うことだ。疑いようもねえな」
言って意外にもメモを小さくきれいに畳んでポケットへとしまうランサー。こういうところに育ちの良さが出ているというのか、なんというか。
「んじゃ、それ食い終わったら帰るか」
ぴこん、と跳ね上がる火の点いていない煙草の先端。
「……お」
「ん……」
そんな、声を、聞いたような、気がした。


気づけば家路で、エミヤに背負われ。
セタンタはうとうととまどろみながらもその髪の香りに懐かしさを感じ、ふ、と笑った。
「こいつ、寝ながら笑ってやがる」
「きっと楽しい夢でも見ているのだよ」
いい夢を、セタンタ。
なんて声が小さく聞こえ、セタンタは今度こそ眠りの中に沈んでいった。



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