たっ、たっ、たっ、たっ、たっ。
ききききー。
「とうちゃーくっ、と!」
門前で減速して止まり、セタンタはぴっ、と両手を上げた。十点十点十点十点。
学校からの駆け足もなんのその、セタンタは今日も元気だ。だって、エミヤが帰りを待っているのだから!
それに暦の上ではもう春。心も体もうっきうっきである。
もしランサーに知れれば“脳にも春が来てるってことだよな……”などと嘲笑われること請け合いの舞い上がりようで、セタンタはまた、たっ、と屋内へ向かって駆けだす。
桜の花びらが、その動きにつれてひとひら、舞い落ちた。


「えみやー!」
ただいまっ!
「おっと」
仕事をしているときに背後から飛びつかれ、エミヤが少々驚いた声を上げる。けれどセタンタは肝心要のところでエミヤの邪魔をしない。
だから、エミヤも笑ってセタンタを迎えてくれた。
眼鏡を自然な動作で外しながら、
「おかえり、セタンタ。今日も大事はなかったか?」
「うん、ない!」
「そうか。それは何よりだ」
にっこり笑うエミヤに、セタンタは陶然となってしまう。ああ、今日も、エミヤはきれいだ。
春というのはエミヤにとても似合う。暖かくて、ほんのりと空気がいろづいていて、とてもきれいだ。もちろん夏も秋も冬もエミヤには似合うけれど、今は春の話をしているのである。
「エミヤエミヤ! オレ、春のエミヤ、大好きだぜ!」
「春の私?」
「ん!」
ぐんぐんぐん、とうなずくと赤いリボンに結ばれたしっぽが勢いよく揺れる。エミヤはそれを見て、きょとん、とすると、次の瞬間花のつぼみがほころぶように微笑んでみせた。
ふわあ。
「それは……嬉しい言葉だな。ありがとう、セタンタ」
「イイエドウイタシマシテ!」
使い慣れない敬語はカタカナ。
まさにヘヴン状態だったセタンタを一気に現実?に引き戻したエミヤの礼の言葉は、セタンタをさらに一気に幸せにさせたのだった。
「エミヤエミヤ、エミヤは春、好きか?」
「ああ、好きだよ。花が色とりどりに色づいて、とても美しい」
けれどセタンタ。そこで名前を呼ばれたセタンタは先程のエミヤのように赤い瞳をきょろん、と丸くしてみせる。
そして続くエミヤの言葉によって――――まるで大輪の花が咲くように、変化を遂げた、のだった。
「私は君の様々な表情を愛しく思うよ。特に、笑顔などはとても美しいと思う」
セタンタは。
ぱああああっ、と笑って、そうしてエミヤにタックルするようにしがみついた。腹筋を鍛えたエミヤだから耐えられるタックルである。しかし間近で見て、あらためてエミヤは思う――――本当に、この子供はうつくしい、と。
「エミヤエミヤエミヤ! オレもっ、エミヤのいろんな顔好きだぜ! そんで笑顔が一番好き!」
「そうか。それでは私たちは一緒だな」
「うんうんうんっ」
「大事に思っているよ。私の大切な、セタンタ」
「オレもだ!」
ぎゅうううっ、と熱烈なハグをかますふたり。ふたりのためにせかいはあるの。
――――あるの、だったらよかったのだが。


「おらおら、いい加減離れろ。ガキの脳天気がエミヤにまで伝染っちまわあ」
「むぎっ」
いつものように足で後頭部を蹴ると、セタンタがエミヤに接近しすぎてしまうのだろう。なので、あえて間に割って入り、引き剥がすといった作戦を取ったランサーにかけられる二対のまったく違う反応。
「ランサー!」
「バカエロ兄貴ッ!」
「……さりげなくパワーアップしてるんじゃねえ。それにてめえだってエロガキだろうが」
「エロくねえー!!」
セタンタの反論も何のその、ランサーはセタンタから引き剥がされて畳に転がっているエミヤの様子を見る。
「大丈夫だったか? エミヤよ」
「あ、ああ、大丈夫……というか、何も危険はなかったように思えるが!?」
「何言ってんだ、充分危険だったんだぜえ。まあ、おまえの本心がこのエロガキに伝わっただけいいとするがな」
えっと。
本、心?
煙草のフィルタをがじがじするランサーに、さすがにわけがわからずエミヤが問いただす。
「本心というのは、私が彼に対していつも言っていることだろうか。それならば何も、今に限って言わずとも、セタンタが小さな頃からずっと……」
「ちげーよ」
???
えくすくらめーしょんまーくがみっつ。の×こと2。
長い腕に阻止されエミヤに近づけなかったセタンタは突如目の前に現れた、兄の顔に軽い怯えのようなものを見せる。
「な、なんだよ兄貴……」
「あのな、エロガキ。知ってるか? 今日はエイプリルフールだぜ?」
えいぷりるふーる?
それくらい知っている。一年の中で一度だけ嘘をついていい日で、だからそれが……。
「――――!」
「お。鈍いおまえもさすがに思い至ったか」
にやにやと笑ってランサーは小刻みに震えるセタンタの顔の前に人差し指を立てて、
「つまりは、今のエミヤの言葉も全部嘘……」
「やだあああああ!」
あっけなくリミットブレイク。
「やだ! やだ! やだ! 認めねえ、そんなの絶対認めねえんだからなー!!」
なあエミヤッ!
ああ、もちろんだと。
言いかけたエミヤは、背後からランサーに拘束されてしまう。ご丁寧に口まで押さえられて。
ランサーは機嫌がよくなったのか、つらつらとセタンタについては残酷なことを言い募っていく。
「それに、何も嘘をついていいって日は今日だけじゃねえ。ただ罰がついてまわるだけだ。だからエミヤも、おまえにこれまで……」
「やだあああああああああ!」
どったんばったんごろん!
抱きかかえられたエミヤを器用に避け、セタンタはランサーのどてっぱらに向けてタックルした。不意の事態かそうでもないのか、案外あっさりそのタックルを喰らって畳に転がったランサーに、セタンタが馬乗りになってぽかすかと子犬パンチを喰らわす。
「こ、こらセタンタ、やめないか! ランサーも大人気ない!」
「オレか!?」
「オレはやめない! 絶対にやめないんだからなー!」


エイプリルフール。
セタンタにはそれがその日以来、トラウマのひとつとなったのだという。



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