庭先でいつもの黒スーツな護衛たちがわさわさと笹を片付けている。
それをどこかアンニュイな目で見守りながら――――セタンタは言葉を、吐きだした。
「なんでいつまでも飾っといちゃ駄目なんだろう」
日にちは七月八日、昨日は七夕。
せっかくその前日から気合を入れて用意した短冊や輪飾りのついた立派な笹を、次の日には片付けねばならないことにセタンタは、つくづく疑問を持っていた。
雛壇や五月人形だってそうだ。前々からせっせと用意したのに一日で片付けてしまう。なんでだろう?どうしてだろう。
「雛飾りはずっと飾っとくと嫁に行き遅れるっていうけど……」
オレ女じゃないし、とやはりアンニュイな声音でセタンタ。特別な日というのは彼にとって楽しくて仕方ないもので、その余韻を残さず飾りの諸々を片付けないといけないのはそれなりに残念無念なことだった。
「セタンタ?」
そこにやってきたのはエミヤだ。仕事と家事を一段落させて縁側に座るセタンタの元へとやってきたエミヤは、アンニュイかつノスタルジックな様子のセタンタにふと、怪訝そうな様子を見せた。
「どうした? 何か大事でもあったか?」
「んー……大事、っていうか」
こういうの、なんていうんだろ。ぽつりとセタンタはこぼし、ますますエミヤは怪訝そうな面持ちになる。
「ごめんなエミヤ。オレ、上手く言えねえんだあ……」
ため息と共にこぼされたのは、小学四年生にしては大人びたつぶやきだった。


「そういうことか」
セタンタから理由を聞いて、エミヤはほっとした様を見せる。何かセタンタの身に一大事でもあったのかと思ったのだろう、聞き終えるまでその顔はどこか険しいものだった。
「ん」
なおも笹の後片付けに精を出している護衛たちを見、うなずくセタンタ。そんな彼の姿は祭りの後のわびしさ――――そんな感じである。
「なあ、なんでだろエミヤ? あんなにすごい笹、なんですぐに片付けちゃうんだろ? もったいないってオレは思うんだけど」
エミヤはどう思う?
……言外にそう問いかけて、セタンタは唇を尖らせた。美少女然としたその相貌の中でも際立って目を惹く桃色の唇を。
その姿を鋼色の瞳で見つめ、エミヤは「そうだな」と聞こえなかった問いかけに相槌を打った。
そして、
「きっと、次の楽しいことに場所を譲るからじゃないかな」
「…………」
「何も、前の楽しいことがいれば次の楽しいことが来れないという訳ではなくて、時折は共に手を取り合うときもあるだろう。だけれど前の楽しいことは次の楽しいことにもっと頑張ってほしいから、その意思を込めて今まで自分がいた場所を譲るんだと、私は思うのだよ」
「…………」
そっか、とセタンタは視線を庭先に向けたままでつぶやいた。その声音は少し明るくなっている。
けれどいつものように底抜けに明るい訳ではなくて、それが少しだけエミヤには。
「前の楽しいことを片付けてしまっても、次に楽しいことがきっとすぐ来るよ。私はそれを君と待ちたい。セタンタ」
「……うん」
セタンタはうなずいて。
「うん」
確かにエミヤの方を向いて、笑顔を浮かべてみせた。
夏休みにハロウィンに、冬休みクリスマスお正月。
数々の楽しいことが次々とセタンタと――――エミヤの前には待ち受けている。
だから、一緒にいようと。
セタンタは笑顔でエミヤに言って、その手を握った。
好きだぜ、エミヤ。
白い頬を、わずかに赤く染めて。
そう、言ったのだ。


その翌日からセタンタの様子は目に見えて変わった。といってもいつも通りのセタンタになったというだけのことだ。
けれどそれはとても大事で。
とても重要なことだ、とエミヤは思ったのだった。



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