「えーみやっ」
ちょこん、と。
襖の向こう側から顔を出してただいまと挨拶するセタンタに、エミヤは微笑んでお帰りといってやる。そして指先で彼を呼んで、まっしぐらに駆け寄ってきたその頭を撫でてやった。
素でキューティクル、天使の輪が出来ている髪は撫でていて素直に気持ちがいいと思わせるのだった。
「はい、これ」
戦利品、と言ってセタンタは何かでいっぱいになった紙袋を差しだす。うん、と言ってエミヤがそれを受け取り中を覗けば、予想通りのかわいらしいラッピングに彩られたチョコレート、チョコレート、チョコレート。
実はセタンタ、――――実は、でもないだろうか――――クラスや学年内でモテる存在なのだ。それでなくとも男女の差がなく、均等に友達が多いからもらってくる量は実に大量のものとなる。いわゆる友チョコだとかも中には混じって。
「去年より量が多くなったけど、また一緒に分けて食べよーな、エミヤ! 護衛のおっさんたちにも分けてさ」
兄貴の分はないけど!
あっけらかんと笑って言うセタンタに思わず辺りを見回すエミヤだったが、どうやら彼の存在は今のところ邸宅内にはないようだった。たまに押入れに潜んでいたりするのだから、言葉には気をつけてほしいと切に切にエミヤは思う。
そう言えば、エミヤが作って置いておいたトリュフを口に運びながら当然のようにセタンタは、
「兄貴と言えばどうせいっぱいもらってくるんだからさ、兄貴の分なんて必要ないだろ? 前はオキャクサマからも誰からももらわなかったなんて言ってるけど、どうせそんなの無理なんだろうし」
まあ、そうとも言える。
ランサーほどの魅力を持った人間ならば、誘蛾灯に吸い寄せられるように女性たちが集まってくるだろう。それを全てかわして誰からも何ももらわずに退散してくることなど普通ならば難しいはずだ。そう、普通なら。
けれどその、普通でないのがランサーで。
「あ、その、ほら。エミヤ」
ん?とエミヤが考え事から浮上すればセタンタがどこかもじもじとした様子でランドセルから何かを取りだして、エミヤに差しだそうとしている。見ればそれは水色に黄色のクマがプリントされた包装紙につつまれた四角い箱。
「今度は、ちゃんと菓子売り場で買ってきたんだぜ。メッセージカードも書いた!」
ほら、と自分の方を見てもらえたのが嬉しかったのか、どことなく頬を薔薇色に上気させて胸を張って、セタンタが言う。見ればリボンと包装紙の隙間に封筒に入った手紙らしきものが。
「後で読んでくれよな。一生懸命、書いたから!」
「ああ、わかった」
微笑めばセタンタは陶然としたような瞳でうっとりとエミヤを見つめる。そして今度はエミヤから皆用に作ったトリュフではない特別・セタンタ専用苺チョコクランチを差しだして、無事交換の流れとなった。
てへへと照れて、らしくなく照れて、セタンタはもじもじと指と指とを絡め合わせている。そして上目遣いでエミヤを見て、にかり、とひまわりのような笑顔で微笑んだ。
「好きだぜ、エミヤ」
「ああ、私も君が好きだよ、セタンタ」
「……あいしてる」
「!」
突然身を乗りだされて、頬にちゅっ、と音を立ててキスされて。
すぐにそのあたたかいものは離れていったのだが、エミヤはしばらく目を丸くして、頬を赤くして固まっていた。それを見てえへへー、といたずらが成功したというかのように笑うセタンタ。
「すき、の上があいしてる、なんだろ? だったらオレも言わなくちゃ。あいしてるぜ、エミヤ」
「セタンタ……それは、容易に……」
「だってオレ、エミヤのことあいしてるから、いつでも言いたい。すきって言うのと同じくらい、いつでもエミヤにあいしてるって言いたいんだ」
「セタン……タ……」
「エミヤ……」
「今日も懲りずにセクハラご苦労さん、駄弟」
それはなんという当て字だろう、
そんな言葉を発して突如現れた冬木の青き疾風は、自分のことを棚上げにしてエミヤの膝の上にちょこんと乗ったセタンタの腰を掴み、そのまま持ち上げてぽいっと遠くへ放り投げた。
「うわっ……!?」
「セ、セタンタ!」
「あーよーやっとバイト終わった。疲れた。寝る」
場所も開いたことだしな、言ってランサーはエミヤの膝を枕にしてごろりと寝転んだ。するとすぐさま体勢を立て直した弟、セタンタがやってきてその足を掴みきいきいと甲高い声で訴える。
「あーうるせーうるせー。蚊がきーきー鳴いてやがる」
ブンブンうるさくて眠れねえよ。
実にクールにスマートに言い放って、ランサーは左耳をかばうようにしてごろりと横向きになる。そして、開いた右耳に自らの手を押し付けた。ちなみにその手は手ぶらだ。
やはり、今年も勤務先で皆からのチョコレートを断わってきたのだろうか。
「おい、エミヤ。一眠りするからちょうどいい時間になったら教えてくれや。それまでちょいと横になる」
「ラ、ランサー。それはいいのだが、セタンタが……」
「セタンタ? 誰だそれ?」
「君の弟だよ!」
そんなやつしらねー、誠に子供っぽく言い捨ててランサーは目を閉じる。そうして。
ぐうぐうすやすやと、すぐに本当の子供のように眠り始めてしまったのだった。
「くっそ……クソ兄貴……!!」
「やめるんだセタンタ、そんな言葉遣いは良くない」
「だってよ!」


騒ぐふたりの声もどこへやら、バレンタインのことなどすっかり忘れましたと言わんばかりのご様子で、非常に健やかな様子でお眠りになる当主様なのでしたとさ。



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