「エミヤ! 今日はご馳走だな!」
いや、セタンタにとってはいつもがいつもご馳走なのだけれど。エミヤの作る料理と来たら。
けれど今回はそれがさらに特別・スペシャルランクな気がして、セタンタは思わず快哉を上げてしまったのだった。
「うん? ……ああ、そうだな。今日は記念日だからな」
「キネンビ?」
うににっと首をかしげて、セタンタ。記念日の意味は知っている、しかし一体何の記念日だというのだろう。誰かの誕生日でもなく祭り事でもなく、それならば?ならば?
「なあなあエミヤ、キネンビってなに」
赤いリボンでくくられたしっぽをぱたぱたしつつもたずねるセタンタにオーブンの温度を調整しながらエミヤは、
「今日が何月何日かは、君は知っているかな?」
「? うーんっと……」
「2/22」
すると横から答える声がして、セタンタはそちらの方向にぎりっと振り返る。またしても、またしても……!
「人の答え横取りすんなっ、エロ兄貴!」
「なんでエロだ。てめえがウスノロだから悪いんだよ」
「なにをー!」
冬木の子犬、セタンタは簡単に激昂して冬木の青き疾風ランサーに掴みかかろうとするがそれはひらりひらりと簡単にかわされてしまう。悔しげに歯噛みする弟を見て、兄はさも楽しそうにげらげらと笑った。その頭にぽかん、ぼかん。
強さのそれぞれ違う拳骨、いわゆる鉄拳制裁が落とされ、ふたりは喧嘩を否応なく中断させられる。
「台所で喧嘩はやめてくれないか! 包丁などもあるのだぞ? 危険すぎる!」
「だってよー。ウスノロ弟」
「だっれが……」
「だ・か・ら・や・め・ろ・と、」
言っているのだがね私は?
背中に龍を背負ってふたりを見下ろすエミヤ。思わずふたりは押し黙った、主に迫力に押されて。眼鏡があったらばさらに怖かったことだろう。キリッ、という感じを通り越して、ギロリ、と。
「……ごめん、エミヤ。オレが悪かった。あと兄貴」
「…………まあ、そんなもんだろうな」
喧嘩両成敗。
これ以上エミヤを怒らせても困るので、渋々従うランサーなのだった。
「それにしても今夜は豪華だな。魚が多くて美味そうだ」
「兄貴、肉好きじゃん。肉」
「ばぁーっか。肉ばっか食っててこの体型が維持出来るかよ」
「ふむ、私も同感だ。だから君に持たせる弁当もきちんきちんとカロリー計算をしてだな」
「エミヤ、兄貴に弁当作ってたの!?」
新事実である。
しかし、ランサーに料理が出来るとはとてもじゃないが思えず、だとするならばバイト先に昼食だの何だので持っていくものは結果的にエミヤが手ずから作った弁当になる、はずだった。
「ずるい……兄貴ばっかりずるい! オレもエミヤの弁当食いたい!」
「てめえの学校、給食だろうがよ」
「それでも!」
無理も通せば通る、くらいの勢いで意気込んだセタンタに兄が呆れ、エミヤはその間にさりげなく仲裁に入った。
「話を少し戻そうか。セタンタ、君が言っていた“今日は何の日か”といった話だが」
「あっ……」
そういえば、そんな話をしていた。2/22。一体今日は、何の日だ?
「今日は通称猫の日と言われていてな。2/22を“にゃんにゃんにゃん”と呼んだことが発端で」
「ちょっと待て、エミヤ」
「…………?」
不思議そうに首をかしげるエミヤに、ランサーが。
「今の、“にゃんにゃんにゃん”のところもう一回言ってくれ」
「下心兄貴!」
「男ならやってやれ、だろ?」
何をどうやってやれなのかわからないけれど……エミヤは眉を寄せたままで、
「にゃ……にゃん、にゃん、にゃん?」
「よし来た」
それを聞いてすぐさまエミヤを米俵式に担ぎ上げ、どこかへと運びだそうとするランサーにセタンタがきいきいと。
「なに考えてんだよ、エロ兄貴っ!」
「こらランサー、オーブンがっ、火加減がっ、せっかくのこねこさんたちのスペシャル・ディナーがっ!」
「おまえ、この状況ならまず自分の心配しろよ。……まあ、抵抗されねえのに不自由はねえがな」
むしろ、有り難い。
なんてことを言ってエミヤを台所から連れだそうとするランサーを追うセタンタ。
どうやら今年の猫の日は、一筋縄ではいかないようだ。



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