「エミヤー!」
ただいまっ!、とどたばた廊下を駆けてくる気配がして、エミヤは思わず苦笑してしまう。仕事中、かけていた眼鏡を外しながらやってくる彼を迎えた。
「ただいまー!」
もふっ、と正座していたエミヤの腹に向かってダイブしたセタンタはすりすりすり、とその小さな頭を思う存分擦り付けエミヤの存在を堪能してから顔を上げる。
「えへへっ」
「今日は大事なかったか?」
「うん、ない!」
なかった!と繰り返してセタンタはランドセルから紙袋を取りだす。スカイブルーの地に黄色いクマが描かれた少し大きめの紙袋。確か去年も同じようなものだった気がする。ん?去年?
……深く考えるのは、やめよう。
「今年も全部配り終えてきたぜ! みんな喜んでた!」
ミミだけじゃなくて他の奴も作り方習いたいって言ってたけどどうしよう?
それを聞いてエミヤはふむ、と考えてみる。それならば己の暇な時間を使ってクッキー作成教室でも開こうかと思ってみたりなど、した。ならば自分もいい息抜きになるだろうし。
「エミヤ?」
どうやら案外長く考えに浸っていたらしい。
セタンタの不思議そうな声に我に返ったエミヤは、その頭を撫でてやって間をもたせた。
「それでな、そのな、エミヤ」
「ん?」
優しい声で聞いてやると、もじもじしながら様子を伺っていたセタンタがぱっと顔を上げる。その顔は明るく、ひまわりのように輝いていて。三月だというのに、まるでエミヤの部屋だけがひまわり畑のように。
「今年は、オレ、自分で作ってみたんだ! ……アーモンドクラッシュキャンディー? とかいうの!」
その言葉に目を丸くするエミヤの前に差しだされた、不器用ながらも丁寧にラッピングされた茶色の細長い菓子が入った袋。
「溶かして、固めて、結構簡単だっていうけど結構難しかった……ってあれ? 何か変だな……まいっか! とりあえず、食ってくれな!」
にっこり、セタンタが笑う。またもひまわりのように。エミヤは恭しくその丸い手から袋を受け取って、目で“開けても?”と伺う。
そうすればこくこくセタンタはうなずいたので、安心してエミヤはややきつく結ばれた(セタンタの髪を縛るリボンに色味が似ている)赤いリボンをほどいた。
途端、ふわっと漂う香ばしい匂いに瞠目して、袋の中の一本を手に取った。口に運んで、さく、と噛んでみる。
「…………」
じいいいいっ、と食い入るようにセタンタが見つめてくる。いつの間にか彼も正座していて、膝の上で握りしめられた手が真剣そのものといったようで。
少し、硬い。けれど、それもまた味わい深い。
奥歯で何度も咀嚼して、エミヤはそれを嚥下した。ごくり、と喉が鳴って胃へと滑り落ちていく。口に残る余韻は甘い、甘い味。
「……美味いか?」
セタンタがおそるおそる、といった風にたずねてきたのでエミヤはもう一度ごくり、と喉を鳴らして、彼に微笑んでみせた。
そして言った。
「美味しいよ。とても」
「…………!」
セタンタの顔が、これ以上ないといった輝きを見せる。それから彼は、マシンガンのように喋り続けた。
放課後ひとりで作り方を図書室の本で調べたこと。
結局万全を期したかったのでこっそりその本を借りたこと。
一生懸命頭の中に作り方を叩き込んだこと。
何度も失敗したものは全部自分で食べたこと。
それがとても美味しくなかったこと。
こんなものをエミヤに食べさせてはならないと思ったこと。
満足する出来栄えのものが出来るまで頑張ったこと。
その他、色々なことを。マシンガンのように、彼は、喋り続けたのだった。
彼が喋り終えるまで、エミヤはずっとその手の上に自らの手を乗せていた。火照るセタンタの手が、落ち着きを取り戻すのを待つように。
「……ったんだ! オレ!」
「……そうか、」
きらきらとした瞳で見上げてくるセタンタが愛しくて、エミヤは思わずその体を抱きしめたくなってしまったが、今はそうするべきではないと思った。彼の、セタンタの男としてのプライドを守らなければならないと。
「えへへ」
けれどもあんまり嬉しそうに彼が笑うので、きゅ、と幾分強めに手を握り締めてしまったのだが。


「今日もお盛んだな、お二人さん」
そんな中現れたランサーは何だかやけに好意的で、弟に多少は心を許したのかと思ったエミヤだったが甘かった。セタンタが一生懸命に作ったキャンディーを「地味」「茶色」「焦げ臭い」などと言い、最後にはそんなことはない、と言いながら食べるエミヤの逆方向から齧りついてきて大変な騒ぎを起こした。



back.