「たーだいまっと、エミ――――」
「ふぁ……うるせぇ、ガキは静かに……」
がんっ。
廊下の方で物凄い音がして、エミヤは眼鏡が取れそうな勢いで顔を上げた。持っていたペンを放り出す、仕事どころではない。屋敷内で異変が起こる、それすなわち兄弟への異変。
「大丈夫か、セタンタ、ラン、サー……」
さぁぁぁぁっ、とエミヤの頭から血が下がっていく。廊下でふたり倒れている兄弟、セタンタとランサー。どうしたのか。ふたりそろって眩暈でも?とにかく、起こして……いや、頭を打っているとしたら安易に起こしては危険か!?
ぐるぐるぐるぐる、かなりの速度でエミヤの脳内コンピューターが演算をしている間に、だ。
「ん、うんー……」
「っ……てえな……」
「ふたりとも!」
ぱっ、と顔を明るくしたエミヤだったが、何だか様子がおかしい。けれどそれがどうおかしいのかはっきりしないままに、兄弟ふたりは体を起こした。
「ててて……もー、いきなり廊下の曲がり角から出てくんなよなバカ兄貴っ! おかげで思いっきし頭打っただろ!」
「……うるせえ、頭に響くからでけぇ声で怒鳴るんじゃねえ。大体先に飛び出してきたのはおまえで……」
「……ふ、たりとも?」
「ん? どうしたエミヤ! あっあっ、オレは大丈夫だぞっ! ほらっ!」
「何だエミヤ。幽霊でも見たような顔しやがって……っておまえ、昔からそんな霊感みてえなところあったな。クソガキの後ろに、水子が百匹くらいでもいるんじゃねえだろ……って、おい」
兄弟ふたりが顔を見合わせる。
そしてじ――――っ、と、視線を食らい合わせて。
「オレ!?」
「――――なんだってオレが目の前にいるんだよ……?」


そんなこんなで。
中味が入れ替わってしまった、セタンタランサー兄弟でありました。


「うーん……」
腕組みをし、思い悩むエミヤ。その前にはちょこんと正座をしたランサー(中味セタンタ)、胡坐をかいたセタンタ(中味ランサー)がそろっている。その前でエミヤはしばらくうんうんと悩み。
「柳桐寺の奥方のところで」
「やだああああああ!」
ヒステリックに叫んだ外見ランサー、内面セタンタ。それをうるさそうに見やる外見セタンタ、内面ランサー。面倒くさいので合体させてランンタとセタサーと呼ぶことにしよう。
で、叫んだランンタはいつもとは違う長い手足をぶんぶんと振り回して、いやだい!いやだい!と畳の上で暴れ回る。その頭をセタサーがぼかっ、とかなりいい音を立てて殴った。きっ、と目に涙を湛えてランンタはセタサーを睨み付ける。
「なにすんだよばかあにき!」
「……殴りはしたけどこれ、オレの体だよな。畜生が、後で覚えてろよクソガキ」
「なんでなぐられたのにそこまでいわれないとならないんだ……!」
「とにかくだ」
ビッ。
立ち上がるとセタサーは見下げるような目でランンタを見て、「いいかクソガキ」と繰り返す。
「オレにとってこの一件は屈辱でしかねえ。このオレ様がこんなガキの体に入っちまうなんて……あーあ、マジ死んで詫びろ」
「ラ、ランサー……」
ショタというかロリというか、美少女じみた外見の美少年があまりにあまりな毒舌を吐くのでエミヤは戸惑ってしまい、ふたりの間に咄嗟に入っていけず結果として兄弟喧嘩を加速させる。
「なにをー!? 兄貴なんかな、兄貴なんかな……この、エロ親父!」
「は?」
嫌味ったらしく。
外見美少女の美少年が、青年に向かって聞き直す。は?じゃなくて、はぁ?というような感じで。すると途端にその顔は憎たらしくなり、魔性すらも帯びるのであった。
「この? この外見のオレに向かって“親父”だ? おまえ頭腐ってんのか……ああ悪かったな、とっくのとうに腐ってたな、オレが悪かった」
「う、ぐ、ぐ、ぐ、」
「セ、セタンタ」
「エミヤッ!」
そこで。
ランンタがぐるんっ、とエミヤの方を向いて。
セタンタの仕草そのままでだけど手はランサーのもので、がっしりと両肩を掴んでくる。
「エミヤ、言ってやってくれよ! 兄貴の方が、兄貴の方が頭イカレてんだって! だってエミヤに言ってたもん兄貴、“オレはおまえにイカレちまってるんだ”って……」
大人ふたりは思った。
それは違う。
しかしエミヤは恥ずかしさのあまり言えず、セタサーは何よりも言う気がなく。
なあなあとエミヤをがくがくして急かすランンタはそんなふたりの様子がおかしいのに全く気付いていないご様子だった。
まあ、永遠の小学四年生に大人の挙動を理解しろと言われても所詮無駄な話である。無駄無駄無駄ァ!なのである。
だから問題はそこで有耶無耶になって、結局エミヤは柳桐寺へと電話をかけた。
その向こうから聞こえてきた“奥方”こと彼女の興奮した声は……声は、まあ、彼女の面子に関わる問題なので黙っておく。
ただ、若干二名の兄弟が実験体になりそうにはなったが。
エミヤの話術で巧みに逸らして事なきを得たのだったが。


そうして、兄弟ふたりは次の日柳桐寺の若奥様が作った薬で無事元に戻った。少々サンプルを取られたようだが、まあそれは犠牲として目を瞑ろう。
「やっぱりオレはこの体が一番だな!」
「オレもだぜ。……ったく、ガキの体じゃエミヤにいかがわしいことも出来やしねえ」
「……このエロ兄貴ー!!」



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