「でさ、オレ、小人の役になったんだ」
けろりと言うセタンタに、エミヤは困ったように眉を寄せる。眼鏡をことりとちゃぶ台の上に置いてから眉間を揉み、問うた。
「七人の?」
「うん」
「性格にもいろいろとあるが一体どれを……」
「おいおいエミヤ、ガキのうちからそんな細かい設定気にしねえだろ」
なあ?と兄が聞くのに、弟はちょっと不満そうにその顔を見ながらうん、と答える。
「一応よく喋るえらい奴はいるけど、オレそれじゃない。ただ立ってるのがいいって言ったら小人にされた」
「セタンタ……」
エミヤのますます困ったような悲しそうな顔にセタンタは慌てる。えっえっなんで。オレ一応役あるよ?木の役とかでもよかったけどさ、エミヤがそれじゃあんまりだって泣きそうになる顔が見えたから、小人役をゲットしたのに。
だけどそう言ってもエミヤは笑ってくれないだろう。ええとええとと考えて、セタンタは頭の上にぱっと豆電球を光らせた。
古い。
「あのさ!」
「……ん?」
「オレ、一度王子様になりかけたんだぜ!」
胸を叩くとセタンタは誇らしげに言った。予想通り、エミヤは目を丸くする。―――――だが兄は目を半眼にしていた。これも予想通りだ。諸刃の剣というやつである。
「似合わねえ」
「兄貴に言われたくねえ!」
多数決で決まったんだぞ!と跳ねるセタンタをまあまあと押さえエミヤは首をかしげる。その顔は喜色満面とは行かずともうれしそうで、セタンタもつられてうれしくなった。
「王子か」
「うん!」
「どうしてやめた?」
「セリフ覚えんのめんどくさいし……」
ここでエミヤががくりとうなだれるのだが、必死なセタンタは気づかなかった。
「それにそれにさ! ふりでも姫とキスする場面があるんだぜ!? オレそんなのやだ!」
「おお。そういえばそんなシーン、あったな」
「ああ……」
手をぽんと叩くエミヤ。畳にあぐらをかきながら、ランサーは要求する。
「エミヤよ。おまえ読書好きだったし、今もそうだろ? 詳しいストーリーを要求する」
「君は……知らないのかね? 白雪姫だぞ?」
「んー? よし、じゃあオレが覚えてる範囲で聞かせてやる。よく聞いとけ」
こほんと咳払いひとつ。
「黒くて白くて赤い白雪姫は毒林檎を食べたり死んだり生き返ったりで大騒ぎでした。おしまい」
「……それだけ?」
「……それだけか」
「こんなもんだろ」
けろりとして言うランサーに、セタンタが噛みつく。
「黒くて白くて赤いってエミヤじゃねえか! オレやだ! エミヤが死んだり他のやつにキスされたり森に捨てられたりするのやだ!」
「そんな場面あったか」
「あった!」
「あったな」
というか、問題はそこではない。森に捨てられる云々の件で、セタンタの方が兄よりも物語を知っていたことが明らかになってしまった。しかし誰もそこには気づかず、話はころころとおむすびじいさんの落としたおにぎりのように転がっていく。
「あ」
「どうした?」
「そいえばさ、白雪姫やる前は“ロミジュリ”やらないかって話になってたんだ」
「ロミジュリ……ああ、ロミオとジュリエットか」
「小学生にしてはずいぶんと高尚だな」
「ん。難しいし白雪姫に多数決で負けたけど」
セタンタは唇に指先を置いて、んー、と小さく唸る。
「オレ、大まかな話は聞いたんだけどさ、難しくて忘れた。エミヤ知ってるか?」
「一応知ってはいるが……」
「オレも知ってるぜ」
「だから、兄貴には聞いてねえよ!」
「まあよく聞け。ガキでもわかるまとめだ」
ランサーは目を閉じると、まるで詩人のように朗々と語り始めた。その様子は立派だった。語る内容がアレでなければ。
「―――――とある事情で結婚できないロミオとジュリエットは結婚したくてしたくてしょーがないあまり、死んだふりしたり生き返ったり本当に死んだり大騒ぎでした。おしまい」
……しん。
沈黙が落ちる。
「以上だ」
「あああ、そんなんだった! 確かに!」
「こらセタンタ! これだけの情報でロミオとジュリエットを把握してはいかんぞ!? これはもっと高尚で悲しくだな」
「ちなみに、これでもよくわからねえってんならおまえとエミヤを想像してみろ」
「え」
家柄の都合によって引き裂かれた自分とエミヤ。もうその時点でセタンタの想像はリミットブレイクである。おおセタンタあなたはなぜセタンタなの、
「やだああああ!」
がっし!と抱きつくセタンタ。エミヤは突然の攻撃に目を剥く。セタンタのテンションはマックスハート、答えは聞いてない!だ。
「オレやだ! 絶対やだ! 家の都合でエミヤと離れ離れになるくらいなら、こんな家ぶっ壊してやる!」
「ちょ……おい、こら、セタンタ! 冗談でもそんなことは……ああ、目が本気だな? 本気なのだな、セタンタ……」
にやにやにや、とランサーは笑っている。いつでもどこでも場を引っかき回すのはこの男だ。アリスでいうチェシャ猫。猛犬だけれど。
「ま、当日にはビデオ持って駆けつけてやるからよ。せいぜい頑張れ? 小人A」
こ・び・と、と強調する兄に、弟はエミヤの腹に埋めていた顔を上げるとがお、と吠えた。こなくていい!
「君たち、演劇中は静かにしないと苦情が来るぞ。……特に私からな」
ぽつりと漏れたその言葉に、兄弟は喧嘩というじゃれあいをぴたりと止めた。鋼色の瞳を見て、小さくなってつぶやく。


「「……はい」」



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