「エミヤ!」
「ん」
「?」
ふい、と寄せられた顔に、力んでいたセタンタはきょとんとする。その手には赤い箱。
……エミヤの仕事机には、緑の箱。
「……ん?」
不思議そうな顔のエミヤの口には、チョコレートがかけられたプレッツェル菓子が咥えられていて。
「……エミヤ?」
「ん?」
「あのさ、それ、」
「ん、」
ぽきん。
「あっ」
声を上げるセタンタの前で、ぽきぽきぽきん、と薄い唇が菓子を咀嚼した。かすかに舞うのはチョコとプレッツェルの粉。
「あのさ……エミヤ?」
「ん、ちょっと、待ちなさい、」
「あのさ!」
「ん……」
っくん。
喉仏が鳴って、口の中の菓子を飲み下す。少しだけ溶けて口の端に付いたチョコレートを褐色の指先が拭い取り。
薔薇色のすべらかな頬をさらに紅潮させたセタンタは、そんなエミヤの膝に手を付きぐうん、と身を乗り出した。
「それ、オレのと!」
「うん」
そうだよ、と眼鏡の奥の瞳が微笑んだ。
おなじだよ。
「今日は“あの日”だろう? 前は気付けなかったからね。だから、今度は私から」
「…………!」
はわわわわ。
感動しきり、といった様子で赤い瞳を潤ませ見開いたセタンタに、にこりとエミヤは微笑みかける。うん、だから、ね。
「私から、用意させて……セタンタ?」
「!」
ぎゅっ、と。
小さな全身で縋り付くように抱き付いたセタンタに、エミヤが驚いたような顔をしてみせる。だが、すぐに腕の中の体をそっと抱き返した。艶々な髪に頬を擦り付けるようにしてスキンシップを返す。やがてぽん、ぽん、と小さな背中を大きな手が叩き。
「……ほら。そろそろ離れなさい。そうでないと出来ないだろう?」
「――――うん!」
ぱっ。
素早く体を離し、それでもちょっとだけ“惜しい”という顔を見せ。けれどそれをすぐに期待に満ち満ちた表情に塗り替えたセタンタはエミヤから渡された緑の箱を受け取って、その中から一本のプレッツェル菓子を取り出した。そして目を閉じてそっと唇を開いたエミヤにそれを咥えさせる。
「ん……」
「ん!」
そして。
あぐ、と口を開き、宙に浮いた先端に食い付いた。
「ん、」
「ふぇみや?」
「ん……ん?」
「はなし、たら、だめだから、な、」
「ん……」
ぽき、ぽき、ぽき、ぽき、
「あ」
だが、惜しく。
中途で折れてしまった菓子に、セタンタはしょんぼりとした顔をしてみせた。いや、みせた、などではなく。
全身でしょんぼりとした様子を見せて、みせ、た。
慌てた様子で口から落ちかけた菓子を受け止めて口に運んだエミヤを上目遣いで見つめ、セタンタは今度は不満そうな顔をする。
エミヤにではなく。
自分に対して不満そうな顔を。
「……エミヤは」
「セタンタ」
「離さなかったのに」
……オレ。
「セタンタ」
落ち込むセタンタの前に、ぱっと差し出されたのは緑の箱。丸くなった赤い瞳の前で、存在を誇示するように何度もその箱はぴょこぴょこと上下した。
「ほら、まだ」
残りはあるから。
そう言って目蓋を閉じたエミヤに、セタンタはゆっくり瞬きを繰り返して。
「……ん!」
箱の中から、また、一本を取り出したのだった。



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