「エミヤ! ただいま!」
「おかえり、セタンタ」
笑って出迎えてくれるエミヤ。甘い匂い、三時を少しすぎたところ。幸せな時間は、やはり。
「おう。やっと帰ったかガキ」
遅せえぞ、なんてしらりと言う兄によって、崩壊するのだ。


「だーかーらーエミヤ! 変質者を家に入れちゃだめだってあれほどオレ言ったじゃん!」
「変質……っ、てめえな、それだけは言うなって何度も言ってんだろがコラ! それにここはオレの家だ! 帰ってきてなにが悪い」
「もっともらしいこというな! じゃあ当主の仕事やれよ、きちんと」
「やだ」
「やだとかいうな!」
べん。ぺん。平手でいつもどおり兄弟の頭を叩いたエミヤは、その目の前にことりと白い皿を置く。すると赤い瞳がそろって輝いた。
「プリン!」
そう。今日の三時のメニューは、プリンだ。セタンタのみならずランサーの好物でもある。やっとかよ。そう言って笑うランサーは実は弟の帰りをきちんと待っていた。エミヤが待てと言うからだけでなく、きちんと。
しかしそれを彼が弟に言うことはないし、エミヤが言うこともない。聡い割に鈍感と評されるエミヤでもそういうことはわかっている。セタンタが自然に気づくまで、誰も口にすることはないだろう。
真面目な話はさておき。
「……!」
「……!」
兄弟はプリンをひとくち口にすると、声にならない感嘆の声を上げた。卵と牛乳の味が芳醇なプディング、まったく焦げついてないカラメル。コンビニなどで売っているおひとつウン百円の上等プリンよりそれは美味だった。シンプルでいて奥深い。
「美味い! エミヤ、これ超美味い!」
「そうか」
「エミヤ、やっぱり天才だ!」
「大げさだぞ、セタンタ」
ふふ、と笑うエミヤはそう言いながらも満更ではなさそうだ。くりくりと青い頭を撫でている。
「エミヤよ、おまえの分はどうした」
「なんだよ、兄貴。めずらしいな、兄貴が人の心配するなんて」
「いや。あるならひとくち貰おうと思ってな」
「……意地汚ねえ」
呆れた瞳で見つめるセタンタ、同じくエミヤ。
「ランサー……今度から君の分はもう少し多めに作るべきかな」
「だな。なんとなく物足りねえ。いや、充分美味いんだがな、なんとなくこう……」
スプーンを口にくわえながらぴこぴこと動かしている行儀の悪い当主様は、あ、と口を開けた。当然ちゃぶ台の上にスプーンは落ちる。
「エミヤ。頼みがある」
「ランサー?」
「おまえを見こんでの話だ。悪いようにはしねえ」
「……言ってみるがいい」
おう。
ランサーは真顔でつぶやくと、とあるテレビを見た。と前置きをして話し始めた。
それは料理番組だったという。ただし、B級の。
「そこでオレは見た」
端正なランサーの真面目な顔に、自然、エミヤとセタンタは息を呑む。
「困難に何度でも挑戦する奴らの真摯な顔つき。だがその前にそそり立つ壁は途方もなくでけえ。だがな、そいつらはあきらめねえんだ。決してな。……柄にもなく感動しちまったよ、オレは。馬鹿な話だよな。けど、真実だ」
「ランサー……」
「兄貴……」
「本題はここからだ、エミヤ」
うんうん、とエミヤはうなずいた。もう君のためならなんでもしようむしろ抱いて!状態だ。いや最後は言いすぎだと思うが。というか、ない。それはおいておいて、ランサーはつぶやいた。
「おまえの作ったバケツプリンが食いてえ」
「…………」
「…………」
「…………食いてえ」
「二回もいうな!」
セタンタは地団太を踏んで言った。顔は真っ赤である。
「恥ずかしい! オレが言ったわけじゃないのにすごい恥ずかしい! オレ、謝る! ごめんエミヤ!」
「落ちつけセタンタ。君は悪くない。……ランサー?」
「えー。オレが悪いのかよ」
「悪いとは言っていない。だが、話が荒唐無稽すぎる」
「信じてるぜ。おまえなら出来るって」
「そこで真面目な顔をするのはやめてくれたまえ」
この庶民派当主様め、と呆れた様子で言うエミヤ。まったく仕方ない、と言った顔つきだ。暴れるセタンタを抱きしめながらエミヤは、しかしふむ、と小さくうなずいてみせる。
「だが―――――興味はあるな」
「エミヤ!?」
「失敗したということは難しいということだろう? 恥ずかしながら私も、料理には並々ならぬ興味と探索心を持っているのだよ。ぜひその……バケツプリン? というものを作ってみたい」
「エミヤ!!」
「よし、よく言ったエミヤ。いい子だ」
にやりと笑って、生真面目なエミヤの顔をスプーンで指すランサー。セタンタは軽く絶望した。
エミヤが変なのに取られちゃった。
「変なのとはなんだ。そもそも、エミヤは昔からオレのだ」
「人の頭の中よむなよ気持ち悪いな! このインベーダー兄貴! エイリアン!」
「落ち着くんだセタンタ。上手く出来たら君にも食べさせてやろう。な? だからいじけなくとも」
「いじけてるんじゃねえってば! もう、エミヤの……すきだ! ばか!」
大混乱の中、ちゃぶ台の上に取り残されたスプーンはなんだか妙に寂しげだったという。



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