「エミヤ。おまえはそいつをどうしたい?」
エミヤはその言葉にぽかん、と目と口を丸く開けた。セタンタはその顔を見て、同じく目と口を丸くする。
あまりに無防備なエミヤの表情にあっけにとられて。
「―――――どうしたい、というのは」
「そのままの意味だ。おまえ、そいつをどうしたい?」
ランサーの問いに、エミヤは腕の中の子猫をぎゅうと抱いた。みゅう、と子猫はか細い声で鳴く。セタンタはただ、エミヤに寄り添った。なにも言えず、ただ、エミヤ。と名前を呼んで。
しばらく庭に沈黙が落ちる。いつもならランサーがこの辺で煙草を取りだしてくわえているはずだ。が、今回はそんなことはなかった。わかっているのだろう。子猫に紫煙は毒だと。大体が、ランサーは動物が嫌いではない。幼い子供と動物にはからっきし弱いエミヤには負けるが、彼もまた動物が好きなのだ。
そして、子供、も?
「……出来るならば私の手で守りたい。が、私にはセタンタがいる」
「エミヤ」
「だろうな。おまえならそう言うと思ってたぜ」
「優柔不断、だな」
「いや。……いいんじゃねえのか」
おまえらしい。
目を丸くしてまたそろって自分を見やる幼なじみと弟に、とうとう堪えきれずランサーは噴きだした。
「おまえら、なんて顔してやがる」
「……や、だって、兄貴が」
「矛盾したことを、君が言うから」
「矛盾? どこがだ。両方守りてえんだろ? だったらそれでいいじゃねえか。欲の皮の突っ張ったおまえもオレは好きだぜ」
「……な」
その言葉にセタンタは不思議そうに眉を寄せて、エミヤの顔をぺたぺたと触る。別に、つっぱってないぞ?そう言いながら。
「あのだな、セタンタ。ランサーの言っていることはそうではなく……」
「比喩だよ比喩。って、ガキには難しかったか?」
「ヒユ? ……ってガキじゃねえ!」
とーりーけーせー、と地団太を踏むセタンタ。だが、子猫を驚かせないように小さく、そっとである。セタンタもまた動物が好きだった。先程までつんけんしていたのは、ただ、エミヤに無視を決めこまれたと思っていただけで。
「よし、続けるぞ。エミヤ。……おまえ、そいつを守りきれるか」
「…………」
「聞いてるんだ。守りきれるのか」
「兄貴、」
「おまえは黙ってろ。オレはエミヤに聞いてる」
鋭い問いにぐ、と言葉を呑むエミヤの肩に触れ、セタンタが心配そうにまばたきをした。一度、二度。長い睫毛が影を落とす。
腕の中の体温と肩に触れた体温に勇気づけられたようにエミヤはランサーを見すえた。
「守るとも」
「誓えるか」
「誓うさ」
「何に懸けて?」
「私という存在に懸けて誓う」
「オレの弟と共に守りきる?」
「……必ずや守ってみせる。ランサー……クー・フーリン」
ランサーは。
赤い瞳をきらめかせ、エミヤを見た。
エミヤもまた。
鋼色の瞳をきらめかせ、ランサーを見る。
交差するふたりの視線。みゃお、と子猫が鳴いた。
「よし」
ランサーは、それがきっかけとなったように笑ってみせた。エミヤもまた、ふわりと表情をゆるめて笑う。セタンタはほっと息を吐いた。なんとなく、緊張していたのだ。
「よかったな、おまえ」
声をかけて子猫の頭をセタンタが撫でると、子猫は刹那身をこわばらせたものの、すぐに体をほぐしてごろごろと喉を鳴らした。
この日から、邸宅にひとり―――――いや、一匹の家族が増えることとなる。
「で、名前はどうするんだ?」
「ああ……“こねこさん”と」
「それ名前か!?」
「おまえ……そういえばこういうことに関しては壊滅的にセンスなかったな」
こねこさんは、みゃう、とうれしそうに三人のあいだで高らかに鳴いた。


「ところで、ランサー」
「なんだよ」
「私がこねこさんを守るのをあきらめていたら、どうするつもりだったのかね?」
「……そのときはオレのコネでも使って飼い主を探すつもりだったよ。半々だったんだがな、頭の中で知り合いの数を計算してたんだぜ」
「それは頼もしい。……バゼット嬢にでも頼むつもりだったのか?」
「! ばっかやろ、ダメットなんかに任せたら一日で猫の真空パックの出来上がりだ! おまえそんな惨状見たいか!? 見たくねえだろが!」
「冗談だ」
「冗談とかよ……ああ、いい。オレはおまえのそんなところもひっくるめて好きだ」
「光栄だよ」
「エミヤ! 兄貴! こねこさんが鳴いてる!」
「呼んでる、」
「な」
笑いあって。
「行くか」
「行こう」
ふたりは、足を一歩踏みだした。



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