『さあ、みんなで大きな声で呼んでみようー! せーのっ、』
わあわあ子供たちががなりたてるせいでなにを言っているのかさっぱりわからない。だけどその場の全員がノリノリだった。
―――――とある三人を除いては。
「…………」
「…………」
「…………」
デパート、屋上、日曜日。先日の逢瀬がたいそう気に入ったセタンタは、ふたたびエミヤを誘って例のデパートへ来ていた。
ただし、大きなこぶつきで。
もちろんその方は誰が呼んだか冬木の猛犬、ランサー兄である。玄関先で話していたのをうっかり聞かれてしまったのだ。不覚、とセタンタは爪を噛んだ。ここにも受け継がれる兄から弟への遺伝。大きくなればきっとセタンタも……いや、おそろしいことは言うまい。
話を現状に戻すと、ただいまデパート屋上ではヒーローショウが開催されていた。エレベーターから下りてココアをねだろうとしたセタンタがつい足を止めたのは、もっさりと青いビニールシートの上に体育座りになった子供たちを見たから。
年のころは幼稚園から小学校低学年程度だろうか。それに、保護者がちらほらとまじっているという状況。
おら、ガキ、なにやってんだと頭をこづきながら出てきたランサーも固まった。君たちはなにをしているのかねと呆れながらのエミヤもまた、同様。
“……セタンタ?”
“うん”
“ここはこんなに賑やかだったろうか”
“じゃなかったとおもう”
うんうんうん、とそろって首を縦に振る教育係と次期当主。当主様は半眼でステージにかけられた垂れ幕を親指で指した。
“……アレだろ”
セタンタが買いこんだせいでいまだ大量に余っている飴をからころと舐めながら。


今日、ヒーローがきみのもとへやってくる!


そういうわけだ。
「……まあ、なんだ。すげえな。ガキのパワーもあなどれねえ」
体育座りをしたランサーがしみじみとつぶやく。その隣のエミヤはうなずきかけながらもステージにちらちらと視線を飛ばしていた。
どうやら気になるらしい。ちょっとうずうずしている。セタンタは口をぽかんと開けて見ている。そういえば彼も微妙なお年頃だ。戦隊ものを見ていると言っていいのかどうなのか線引きが難しいお年頃。
手にしたココアはすっかり冷めていた。
『わあ! 怪人たちがやってきたぞ! みんな気をつけてー!』
司会のおねえさんが甲高い声で叫んだ。と、ステージの袖からわらわらと現れる全身タイツの怪人たち。わあと騒ぎだす子供、ところによっては泣きだす者もいるくらいだ。
怪人たちはそんなことにはかまわず、むしろイキイキとしながら子供たちをさらっている。うずうずするエミヤ。と、
「え?」
そのエミヤの手を、怪人が掴んだ。
「……お」
「エミヤ!」
煙草を取りだしかけていたランサーはそれを見て小さくつぶやき、セタンタは思わず立ち上がった。冷えたココアが波打つ。
キキキと声を上げて怪人はエミヤの手を無理矢理引いてステージへと連れていく。本気で逆らえば簡単に制することが出来るはずの力量差だったのだが、何故だか彼はなすがままだ。
エミヤ、エミヤと名を呼ぶセタンタを置いて、エミヤは連れ去られていった。
「なんで……」
立ち尽くすセタンタ。その拳がぎゅっと握られる。
「おい、ガキ」
「止めるな!」
駆けだしていくセタンタ。手を伸ばしかけたランサーは、肩をすくめた。まだ口の中にあった飴をがり、と奥歯で噛み砕く。
「……ち」
舌打ちは、やけにうれしそうだった。


子供たちにまじってステージに上げられたエミヤは完全に戸惑っていた。何故周囲はこんなに自然なのだ?違和感はないのか?何故に、自分はこんなにも高揚している?わあわあきゃあきゃあと歓声。泣き声。叫び声。
大変だ!さあみんなでヒーローを呼んで……
途切れるマイク音声。ががっとスピーカーが鳴って、青い色彩がエミヤの視界に飛びこんできた。
「大丈夫かエミヤ!」
「セタンタ!?」
花道を一直線に駆けてきてステージに飛び乗ったセタンタは、怪人たちに向かって構えを取る。槍はないのでエミヤから教わった空手の構えだ。わっと客席が沸く。
子供たちが障害となってセタンタをおさえられないエミヤは慌てて声を張り上げる。
「セタンタ、なにをしている! やめないか!」
「だいじょぶだエミヤ、オレ負けない! 絶対勝ってエミヤをオレの手に取り戻す!」
「そうではなくて……!」
ああ、と逡巡するエミヤの視界に飛びこんでくる、もうひとつの青い影。エミヤは目を見開いた。
「ランサー!」
「兄貴!?」
エミヤはほっとした。これでランサーはセタンタを連れて戻ってくれる。多少騒動になったが、これで―――――
「おい、ガキ」
ランサーはにやりと笑むと、ステージ袖に置いてあったパイプを手にして肩に担ぐ。
「オレにもやらせろ」
「ランサあああー!?」
さらに沸く客席。エミヤは眩暈を感じつつも、何故か鼓動が高鳴るのを感じていた。
司会のおねえさんがノリノリで場を立て直すのを聞きながら。
ヒーローものは奥深い。



back.