十月といえば、そろそろ衣替えの季節である。秋もいよいよ本格的に深まり半袖では肌寒くなる。
エミヤはセタンタの服はもちろん、護衛たちのスーツまでも面倒を見ているのでこの季節はちょっと忙しい。寮母さん……ではなく教育係の仕事は楽ではないのだ。
「また来年も着れるかな」
気に入りのシャツがしまわれていくのを見て、セタンタがそっとつぶやいた。エミヤは首をかしげて笑いながらさあ、とささやく。
「君は日々成長しているからな。来年は小さくなってしまっているかもしれん」
「えー」
「なに、そうしたらまた新しい服を買えばいい。それに着られなくなったからと言って捨てることもないのだぞ?」
「あ、あれだ。またなんか、小物みたいなの作ってくれるのか?」
「君が望むのなら」
「うんっ!」
セタンタはぐんぐんとうなずいた。それを見てエミヤは満足そうに笑む。つぎはぎの小さなクマのぬいぐるみだとか、ネコのぬいぐるみだとか、そういうかわいらしいものがセタンタの部屋に飾ってあるのはそういうわけだ。
アルバムと並んでそれはセタンタの成長記録となっている。アルバムといえば―――――エミヤは回想した。簡素で質素なエミヤの部屋、そこに大切にしまってあるアルバムはもう何冊になっただろうか。同じメーカーから取り寄せてずっと同じもの、同じ色でそろえてあるアルバムは。
懐かしい気分になったエミヤに、どっとセタンタが背後から飛びついてきた。軽く驚いたエミヤは思わず手にしたパーカーを取り落とす。
「こら、セタンタ」
「だってエミヤがなんか遠い目してたんだもんよ」
さびしくなった、と頬をすりよせてくる。薔薇色の頬はマシュマロのように柔らかくすべすべとしていた。その感触は赤ん坊のころから変わらない。
いとしくなってエミヤは取り落としたパーカーを丁寧に畳んでから、正面を向いてセタンタを抱き寄せる。
「え、え?」
「君は変わらないな」
成長しても、と言うエミヤにセタンタはわずかに頬をふくらませた。敏感なお年頃、好きな相手に言われる言葉にはさらに敏感だ。
「なんだよ、それってオレがずっと子供だってことか?」
「ああ……いや、違う。君の気にさわったなら謝ろう。そういうことではないのだよ。君はずっと、私の好きな君のままでいてくれる。どれだけ成長を遂げても変わることはない。それなのに君はどんどん頼りがいも出てきて、立派な存在になっていく」
そうだ。この子供は、どんどん立派に成長していく。背はまだ学年の中では低い方だと本人は言うけれど、充分だとエミヤは思うし精神面でもずいぶん立派になった。
人を気遣うやさしい面はあるし、正義感も強い。それでいて無邪気で奔放で愛らしい。
本当にいとしい、とエミヤは思う。
腕の中の体温。それは肌寒いこの季節の中にあっても変わらず温かい。
「セタンタ」
吐息のように名を呼ぶと、しばらく黙ってからセタンタはエミヤの背中に腕を回してきた。ぽんぽん、となだめるように小さな手が背を叩く。
「君が好きだ。セタンタ」
「オレも好きだ。エミヤ」
うんうんとうなずくとセタンタはぎゅうとエミヤを抱きしめた。
「エミヤはオレがいないとだめだよな」
だってオレがそうだもんな、と快活に笑う。そうして、セタンタはエミヤの肩に顎を乗せた。
「オレのエミヤ」
ささやく声は高いけれど、やわらかく、甘くて。
エミヤはしばしその幸福感に酔った。


「ところでエミヤ、それなに入れてんだ?」
「防虫剤だ。衣類を悪い虫から守ってくれるのだよ」
「そか、エミヤみたいなもんか」
「……そうかね?」
「で、悪い虫といえば」
ばん、と襖が開く。
「よお、楽しそうになんの話してんだ? おまえら」
じっとりとした目で現れた人物を見つめるセタンタ。さて、誰が現れたかは、語らずともわかるということで。



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