秋の朝は寒い。が、その朝はそうでもなかった。
「―――――ん……」
エミヤは不思議に思いつつ目覚めの時間だと身を捩る。と、胸元にしがみつくあたたかい体温に気づいた。見下ろしてみると案の定セタンタだ。そういえば……昨夜、寒いといって布団に潜りこんできたのだった。
そのときは快く受け入れたエミヤだったが、思わず苦笑してしまう。まったく、これでは気持ちがよくて起きられないではないか。
朝食を作らなくてはならないのにと思うけれど、すうすうと安らかな寝息に持ち上げかけた頭をまた枕へと戻してしまう。
下ごしらえは大体済んでいた。だから、あとすこし―――――。
自分を甘やかすのは好きではなかったエミヤだったが、セタンタのおかげで少しはそんな余裕も彼の中に生まれてきていた。
小さな子供は大きな心で言うのだ。
“オレはエミヤが好きだから、エミヤにもエミヤを好きになってもらいたい!”
かつての彼にそっくりだ、とエミヤはくすくすとセタンタを起こさないようにそっと笑う。森の中、陽光、差しだされた手。おまえさ、自分を好きになれよ。と、彼はいっそ傲慢な口調だったけれど。それはどこまでもやさしかった。
……ああ、まずい。
胸元のあたたかい体温に意識が眠りに引き戻されていくのをエミヤは感じる。まずい、それはまずい。ここで眠ってしまっては、もう、時間通りには目が覚めない気がする。寝坊というやつだ。
それはいけない、とエミヤは枕の上で首を振る。白い髪がぱさぱさと音を立てた。起きなければ。
セタンタはまだまだ眠っていてもいいとして、自分は起きなければと。
喝を入れたエミヤは、背後から伸びてくる手に気づかなかった。


「なに百面相してんだ、おまえ」


呆れたような笑いまじりの低い声。それには嫌というほど聞き覚えがあった。
「ランサー……っ!?」
「しっ」
口を塞がれる。ガキが起きる、と言われて思わずおとなしくなるエミヤ。代わりに軽くぱしぱしとたくましい腕を叩き、手を放すことを要求した。
「何故、君がここに……?」
「なに言ってんだ、おまえが昨日の夜に自分から受け入れたんだろうが。もう寝たかと思って見に来てみればガキと一緒に寝てやがる。……で、それがうらやましかったからよ? オレも一緒にって言ったらおまえ、笑顔で承諾したんじゃねえか」
なんということか。
エミヤは眉間に皺を寄せて目を閉じた。眠気はすっかり飛んでいた。
言われてみれば確かに覚えがあった。セタンタを布団に入れて眠ったあと、ランサーが遊びにやってきたのだ。なんだよもう寝ちまったのかよと残念そうに言って、それからにやりと笑ってオレも一緒に、と言うからつい懐かしくなってああと笑顔で。
承諾、したのだった。
胸元にセタンタを、背中にはランサーを。それぞれ抱いて、背負う形で受け入れて眠ったので、今朝はそんなに寒くなかったのか……。
確かに体温の高い兄弟ふたりを装備していればあたたかいだろう。否、暑いくらいだ。
さぞかし昨日の自分はあたたかさに飢えていたのだろう、とエミヤは眉間の皺を揉む。情けない。恥ずかしい。
かあと耳まで赤くなると、背後からランサーが覆いかぶさってきた。
「おまえ、昔から寝ぼけ癖があったからな。覚えてないのもまあ、当然かもしれねえ」
気にすんな、と抱きこまれてまた身を捩る。
「ランサー!」
「なんだ」
「もう、寒くはないから……」
「あ?」
しまった。そうではなくて。
「ち、違、」
言いかけて背後を振り返ると、にまりと笑んだ猛犬の顔が間近にあった。
「そうかそうか」
うなずくと、ランサーはいっそう強くエミヤを抱きこむ。密着した体はあたたかく、というよりもはや熱く、エミヤはとまどって動けなくなる。
「ランサー……!」
「もう起きなければ、か? いいじゃねえか、たまには寝坊しようぜ」
先日のコブラツイスト騒動のときのように拘束されて、エミヤは暴れてはみたが解放されるのをあきらめた。
こうなってしまってはもうどうしようもない。すまない皆―――――。
く、と涙を呑んだエミヤだった。


その後、目を覚ましたセタンタがなにをしているのかと怒り狂うのは当然の結果で、朝から猛犬VS子犬の兄弟対決が行われたのも当然の話。



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