セタンタはすうすうと寝ている。さっきまでの大騒ぎが嘘のようだ、と思いながらエミヤは膝の上に乗せたその青い頭を撫でていた。
柳桐寺から届いたキャスターの薬を自分から開封して気合を入れて飲んだセタンタは、思ったとおり悶絶した。いつもどおりにエミヤが甘いチョコを与えても、しばらく七転八倒していたくらいだ。おかげで、エミヤはチョコを二個ふるまうこととなった。
涙目でセタンタが言うには“これ、いつもよりひどくね?”。
確かに臭いはいつもよりきつかった。キャスターが気合を入れたのだろうか。柳桐寺の魔女になにかいいことでもあったのか?ならば、それはきっと伴侶についてだろうと結論づけて、エミヤは正座するとその膝をぽんぽんと軽く叩いた。
少し休むといい、セタンタ。
涙目でチョコを咀嚼していたセタンタは、ぱっと顔を輝かせると大きくうなずいてエミヤの元まで駆けてきた。そして、へへ、と笑って小さな頭を膝の上に乗せる。膝枕というと大体は横を向いて寝るか仰向けに寝るかのどちらかであるが、セタンタは仰向けを好んだ。
彼が言うに、“このほうがエミヤの顔がよく見える”からだそうだ。ランサーもときどき膝枕をねだっては同じことを言う。
さて、話を戻そう。セタンタだ。本番の薬が届く前に常備薬を飲んでおいたせいか今日はすでに熱もだいぶ下がって調子はよさそうだ。だが風邪はひきはじめが肝心である。
エミヤは今日は一日セタンタをおとなしくさせておくことにした。
もちろん学校は休ませたし(電話するエミヤの服の裾をセタンタはにまにましながらずっと掴んでいた)宗家の仕事もセタンタの部屋でこなした。昼には玉子粥を作って食べさせたし、汗をかいた服も着替えさせてやった。
甘やかしすぎだとランサーがいたなら言っただろう。しかし今日はランサーは来ない。朝、携帯に電話して伝えたからだ。
万が一熱が伝染るといけないだとか。君がいるとセタンタが落ち着かないからだとか。率直な意見を様々に伝えると電話の向こうで嘆息する気配がしてへえへえわかりましたよ、と拗ねたように答える声が直接鼓膜に響いた。
“別に君を邪険にしているわけではないのだよ?”
“わかってるっつの。おまえがそんな奴じゃないってのはな、オレが一番よくわかってる”
“それはうれしいな”
“この埋め合わせは今度きちんとしろよ。じゃな”
ちゅ、と受話器にキスをする音がして、通話は切れた。
なので、今日は冬木の猛犬はここには来ない。
このほうが楽だろうと赤いリボンをほどいてあるので、艶やかな青い髪がエミヤの膝の上に広がっている。眠るセタンタは安らかな顔をしていて、エミヤは知らずに微笑した。
「セタンタ」
そっと名前を呼んでみる。するとやわらかく微笑まれて、一瞬起きたのかと思う。
だがそれは杞憂だったようで、静かな寝息がつづいていた。驚かせる、とエミヤは毛布を肩までかけてやるとその肩を叩いてやった。
そして低い声で歌いだす。
膝の上の子供が好きだと言ったその声で。昔、その子供を産んだ母から教わった歌を。
セタンタの部屋に静かに歌声が流れる。それが聞こえているのかいないのか、セタンタは安らかに眠っている。
エミヤは白い額にかかった髪をかき分けてやると、少し汗ばんだその額に唇を落とした。おやすみいとしい子。
にこりと笑んだその唇をぺろりと舐めてみて、エミヤはわずかに首をかしげた。塩辛さを怪訝に感じて、ああ、汗かと思い至る。濡れたタオルを持ってきて拭いてやりたかったが、セタンタが服の裾をぎゅっと握りしめているので動けない。
そういえば、まだ仕事が残っていたことを思いだす。が、セタンタを起こしてわざわざ仕事に戻ることもないだろう。それは無粋というものだ。
けれど汗は拭いてやりたい―――――そう思って身を捩ってみたエミヤは、呼ばれたような気がして振り返る。
「セタンタ?」
「エミヤ……」
「起きたのか―――――」
言いかけて、それが寝言だと気づく。エミヤは口を押さえた。セタンタは笑いながら、うれしそうにもぞもぞと膝の上で寝返りを打っている。エミヤー、とうれしそうにつぶやきながら。
つい、その様子にエミヤは噴きだしてしまった。
うん……?と唸るセタンタに、エミヤは慌ててまた口を押さえる。けれど押さえきれない笑いに、くく、と喉を鳴らした。
こねこさんが、部屋の隅でくああとあくびをした。



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