雨の日は眠い。
ランサーはゆっくりとまぶたを開ける。仰向けになって眠っていたので、上半身だけを器用に起こしてあたりを見回す。しのしのと雨が降る音が縁側の方から聞こえてきて、思わず大きなあくびが漏れた。
頭を掻き、眠る弟と幼なじみを見やる。同じ毛布をかけてセタンタはうつぶせに、エミヤはそれに寄り添うように肘をついて眠っている。ランサーは毛布をはねのけて膝でもって畳の上を進んでいく。まじまじとふたりの顔を見た。
やはりうつぶせで眠ってしまったセタンタの顔には跡がついていて、ランサーは噴きだした。指先で頬をつつけば奇妙な唸り声を上げていやいやと首を振っている。本能的に相手が誰だかわかるのか。エミヤなら嫌がらないくせに、とランサーは思ってにやにやとしばらくそのいたずらをつづけた。
それに飽きたころ、ランサーは標的をエミヤに移した。もともとこっちが本命なのだ。
二日酔いで休みを取ったエミヤは、眠るまでしつこく仕事が、だの、家事が、だのとぶつぶつ言っていたが眠りにつくのは一番早かった。兄弟ふたりがかりで眠らせにかかっていたランサーとセタンタがそのあまりの寝つきの良さに顔を見合わせて目を丸くしたほどだ。
すうと落ちるように眠りについたエミヤの寝顔は幼く、安らかで、兄弟ふたりは顔を見合わせたまま声なく笑いあった。
ランサーはエミヤの下りた前髪を指先で掬ってもてあそぶ。さらり、さらりと秀でた額に白い髪が落ちるたび、エミヤは猫のように喉を鳴らして不思議そうな面持ちで軽く身を捩った。
そのしぐさが懐かしくてランサーはそれを何度も繰り返す。子供のときもエミヤはこうだった。森で遊び疲れて眠ってしまうといつでもランサーのいたずらの餌食となって、そのくせそれに気づかない。やがて目を覚ましてぼんやりとおはよう、クー・フーリンと寝ぼけた声で言うのでランサーは悪意なく笑い転げたものだ。エミヤは怪訝そうな顔をしていたっけ。
そういえばエミヤの寝起きがよくなったのはいつからだろう。あいかわらず髪をもてあそびながらランサーは昔を思いだした。
確か―――――ランサーたちの父と母が他界して―――――ランサーとエミヤがまだまだ小さかったセタンタの両親代わりになったころだったろうか?
ランサーはふと手を止めた。
そうだ。
そうだった。
あのころからエミヤは目に見えてしっかりとし始めた。もとから子供らしくない子供だったのに、もっと大人びてどうするのだと不満に思った覚えがあるからきっとあのころだろう。そのころにはエミヤの両親もすでになく、ランサーの家へとごく自然に身を寄せたのだ。
そうして、エミヤはセタンタの教育係となった。
かつては母代わり、そして今は。
うん、と小さな声を上げてエミヤがまた身を捩る。かすかに眉間に皺を寄せているから、苦く笑ってランサーはその皺を指先で撫でた。
猫の額を撫でるようにやさしく触れているとだんだんと気難しげだった表情がゆるんでくる。
大人のそれが幼い表情に戻るまで、ランサーはずっとそうしていた。


こねこさんが眠りながら短いしっぽでぱたんぱたんと畳を叩いている。
ふわりと微笑んだエミヤを見て、ランサーは指先を離すとその顔をまじまじと見つめた。
夢でも見ているのだろうか。幸せな夢を。
そうあればいい、と思ってランサーは微笑んだ。さきほどのように苦くではなく、かつて少年だったころのように無邪気に。そうあればいい。幸せであれば。幸せであれ。
日頃ふざけたようであっても、ランサーはエミヤとセタンタの幸せを強く望んでいる。
……いや、色恋沙汰で幸せになれとは望んでいない。エミヤはランサーのものだ(と、ランサーは思っている)。そうではなくて、人として幸せであれと願うのだ。平凡でもかまわない。日々、幸せであれ。笑っていろとランサーは思う。
だからランサーはふざけるのかもしれない。それでふたりが笑うなら。
ならば当主としての立場に戻れとふたりは言うだろうか?ランサーはまたも苦く笑った。それだけは勘弁してほしい。
しのしのと雨が降る。ランサーは二度目の大きなあくびを漏らした。
雨の日は、眠い。そして、昔のことを思いだす。
らしくねえ、とつぶやいて、ランサーは毛布をひっぱり上げるとごろりと畳に寝転がった。天井を見上げて押し黙り、目を閉じる。
すぐに眠りはやってきた。
静かな寝息が四つ。一日中、それは部屋を水槽の中の水のように満たしていた。



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