護衛たちはひそひそと話をしていた。
黒スーツに黒サングラスの男たちが一山百円という団子になって小声で話をしているというのはなんとも不気味なものだ。一応、彼らも研ぎ澄まされた者たちであるからして、修羅場には慣れているけれども、中にいるのは彼ら以上のつわものたちである。
そのつわものたちを彼らは敬愛している、敬愛している、けれども―――――。
(おまえ行けよ)
(な! なんでだよ、おまえが行けよ!)
(なんで俺だよ、俺昨日水槽の水替え当番だっただろ)
(関係ないだろ、そんなの)
そんなような意味合いのことを、もっと荘厳な気配で言いあう。ひそひそぼそぼそ。その中で、ひとりが切れた。
内側に。
サングラスを外す、そして握りこぶしをかまえる。残りの者たちはしんと静まりかえってからそれしかないか、とつぶやいた。小声で。
一斉にこぶしをかまえる護衛たち。せー、のっで、


「―――――坊ちゃん、当主、アーチャーさん、失礼します……」


じゃんけんぽん、で決まった犠牲の子羊が、正座をしてすらりと襖を開けた。
中の三人が一斉にそちらを見る。少し離れた曲がり角に待機した残りの一山百円がヒッと悲鳴を上げる。


目が、赤かった。
いや、もともと次期当主の弟と当主の兄は目が赤い。だが常は鋼色の瞳である教育係の彼までが表面を潤ませ、目尻までを赤くしていた。この三人の溜まり場となる次期当主の部屋は広く、いまは暗い。音らしいものはざあ……と雨のような途切れたテレビの音、あとは沈黙、沈黙、沈黙。
肌に痛いほどの沈黙がその場を満たし、子羊が圧迫感で死にそうになったころ、当主が重々しく告げた。
「何用だ」
「はっ……!」
それは救いか、刈り取る鎌か。
頭を垂れると早口に子羊はついさきほど電話で受けた用件を当主に向かって伝え始めた。


「わかった。下がれ」
「それでは失礼致します……!」
額を畳に擦りつけんばかりに一礼をして、護衛は下がった。間をおいて慌しく開いていた襖が閉じられる。沈黙が再び部屋に降ち、光のない部屋はいっそう暗くなる。誰もひとことも口をきかない。
ざあざあと雨のような音がしばらく続く。
それを断ち切るように動いたひとつの影。
遠くにあったティッシュの箱を無言で手繰り寄せたエミヤは一枚を取って軽く目元を押さえると、嘆息してつぶやいた。
「まったく……怯えていたではないか。もっと愛想よく出来なかったのかね、君たち」
「無茶いうなよエミヤー」
するととたんに強張らせていた表情をゆるませセタンタが答える。投げだした足をばたばたと宙で遊ばせてオレにもティッシュ、と言いながらこれもまた赤くなった目元を強く拭う。
そんな弟にティッシュを渡してやっているエミヤにオレにも、とねだったランサーは先刻までの無慈悲な当主の態度を崩しテレビのリモコンを手に取る。
大きく振り上げるように腕を動かし、電源の停止ボタンを押した。
雨の音が止む。
それが合図になったかのように室内は騒がしくなり始めた。
「ったく、セイバーもわかっててこいつをよこしたのか? となるとオレはあいつに関する認識を相当改めないとならねえぞ」
「いや……彼女は純粋に感動して貸してくれたのだろう。彼女に限って企みなどということは……」
「うん、オレもないと思う。つか、兄貴じゃないんだからよ」
「いま泣いた子犬がもう喧嘩売りに来やがった」
「……兄貴だっておなじだろ」
「うっせえよ」
鼻をかんだランサーはゴミ箱に向かって丸めたそれを投げた。一発で入る。ナイスショット。
エミヤはまた嘆息するとテレビに近づき、デッキが半分くわえこんだテープを取りだした。そのラベルには生真面目そうな字で“獅子の一生”と書かれている。セイバーの字だ。
昨日に続き休日の今日、三人そろって買い物に出かけたときに道で偶然彼女と遭遇した。
セイバーは愛らしい顔を輝かせると、いま、あなたたちのところへ向かっていたのですと言って一本のビデオを差しだしたのだ。
「あの獅子が仔を谷に突き落とすところなんてな……オレ見てらんなかった」
エミヤにもらった二枚目のティッシュで兄と同じく鼻をかんだセタンタは、真剣な顔つきになるとダンクシュートでも決めるかのようにそれを投げる。だが惜しいところで外れて跳ね上がり、畳に落ちたのを見てあーあとふたたび表情をゆるませた。
「ああ、あそこは私も思うところがあったな……ランサー、君は?」
同じく、と手を振るランサー。ごろりと寝転がる姿にこら、とエミヤが叱咤を飛ばす。
「もうすぐ夕飯だぞ。もう寝るな」
「んだよ、少しくらいいいじゃねえか……泣いたあとは眠いんだよ」
おまえだってそうだろう?
言われて、ぐ、と言葉を呑むエミヤ。親指を口元に当ててしばし逡巡したのち、それとこれとは別だと、ちゃっかりまぶたを閉じてしまったランサーの体へと腕を伸ばした。
セタンタは外を見た。そしてくああとあくびをする。
もう日は暮れた。
「こらランサー、起きろというのだ。ランサー。……ランサー!」



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