赤い。
黒いのが、今日は赤い。
「エミヤ……」
巫女姿のセタンタは、その稀有な姿に見惚れてため息をついた。神主姿のエミヤは照れたように、その純真な視線から逃れるように身を捩る。
「なんで逃げんの、エミヤ」
「は、恥ずかしいだろう……この年になって、その、こんな格好というのは……」
「なんで?」
なんのてらいもなくセタンタが言ってのけると、エミヤはさらに赤くなって言葉を呑んだ。きらきらとまばゆい瞳。赤いリボンと、赤い袴が素晴らしくマッチしている。愛らしい。少年だから許される巫女コスプレが、セタンタには特によく似合っていた。
エミヤはさ、とセタンタは微笑んで言う。
「エミヤは神様に愛されてるんだよな!」
「え?」
「だからこんなにきれいなんだ!」
「セタッ」
……ンタ、という続きは出てこなかった。もはや完璧に真っ赤になったエミヤは長い袖で顔を覆ってしまう。エミヤ?不思議そうな声。この少年が成長したらいったいどうなってしまうのだろう、とエミヤは熱くなった頭で思う。今は子供の無邪気さだからで済まされるのかもしれないが、大人になってもこんなセリフを吐いていたとしたら。
ああ。
駄目だそんな、セタンタ。いけない。
「落ちつけ、エミヤ」
隣から声をかけてきたのは祢宜姿のランサー。神主と祢宜、日頃の立場とは逆ではあるが、まあお遊びということで。ちなみに祢宜ランサーの下には護衛たち権祢宜がわらわらといる。一匹見たら三十匹の勢いで。
ちなみに黒くはない。ちゃんと、白と水色の合わせ技でおつとめしている。ただし、黒サングラスだけは外せないらしく、全員がさらに怪しい集団と化しているが。
青い袴のランサーは頭だけでなく頬までを熱くしているエミヤの肩に腕を回すと、落ちつけって、と小声でささやいてくる。
「あ、ああ……すまない、ランサー……」
こういうことには慣れていなくて、いまいち思考回路が上手く作動しないのだよ。同じく小声でそう告白するエミヤに、ランサーはうんうんと親しげにうなずいた。
「おまえ、昔からそうだったもんな。祭りごととか派手なことになるとどうにも緊張しちまって硬くなっちまう」
ぐいと肩に回した腕を引き寄せてさらに体を密着させると、ランサーは強張ったエミヤの耳元で吐息のようにささやいた。
「リラックスしろよ。おまえはオレに愛されてる。……なんも怖いことなんかねえだろ?」
「ランッ」
……サー、という続きは出てこなかった。しまった。この兄はいわばセタンタの成長後のひとつの可能性。素面で恥ずかしいことを言う癖は昔からまったく廃れずに彼の血の中に残っていたのだった。
そういえば、ランサー、クー・フーリン少年も大概恥ずかしいことを平気で言ってのける少年だった。
エミヤはまぶたを閉じて眉間の皺を指先で押さえる。セタンタは和紙に書かれた参拝客への挨拶を懸命に覚えている。ランサーはいまだエミヤの肩に腕を回して知らん顔だ。この兄弟は……とエミヤの眉間の皺は深くなるばかり。
愛されて、愛されて、エミヤは日々幸せに暮らしているけれど。今日のようなことは―――――遠慮させてほしい。
「アーチャーさん! 絵馬の用意出来ました!」
「あ、」
護衛のひとりが声をかけてくる。エミヤは助かったと言わんばかりにランサーの腕から逃れてその護衛に駆け寄った。ち、と舌打ちする音が聞こえるのに、すまない、と心の中で謝りながら。
「価格は?」
「抑えてあります。コストぎりぎりですが、なんとか赤字にはなっていません」
「そうか。助かる」
微笑んだエミヤに、護衛は一礼する。引き続き準備を頼むと言うと、は!といい返事を返して足音も軽やかにその場から去っていった。
「あとは……御神籤か……」
凶、大凶も入れておくべきかと悩むエミヤの目に、セタンタが駆け寄ってくる姿が見えた。思わずどきりとするエミヤ。
「エミヤエミヤ、挨拶覚えた! オレえらい?」
「あ、ああ、えらいぞ。セタンタ」
戸惑いながらもいつものように頭を撫でようとしたエミヤは、セタンタに袖を引かれて不思議そうな顔をする。セタンタ?名を呼ばれた子犬は、しっぽをぶんぶん振りながら太陽のような笑顔で口を開く。
「あのさ、あのさ、エミヤ」
「うん?」
「さっき、エミヤは神様に愛されてるって言っただろ」
「…………言った、な」
「あれ、なし!」
「…………?」
怪訝そうな顔つきになるエミヤに、まだ太陽のような笑顔を続けながらセタンタは言い放った。
「だって、いくら神様だとしてもオレ以外にエミヤを愛してるやつがいるなんて悔しいもん!」
言い放った。
にこやかに。
すこやかに。
はっきりと。
「―――――ッ」
眩暈を覚える。エミヤ?と、今、自分が言ったことを微塵も恥ずかしいだなんて思っていないであろう次期当主様の呼び声が聞こえたが、エミヤはもう限界だった。
愛されて愛されて愛されて。日頃と違う格好をさせられて、それなのにいつも通りに愛されて。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
一日とはいえ、やっていけるだろうか。
「なあなあ、どうしたんだよエミヤ?」
顔を覆ってしゃがみこんでしまったエミヤの背にのしかかりながら慌てたように早口で言うセタンタに、さてどう答えようと考える。
それよりなにより、神前で穢れたことを思う自分が卑しいと感じ、いたたまれなくてたまらなかった。
誰よりも清くあらなければならないというのに。
「エミヤ?」
「エミヤ」
兄弟が名を呼ぶ。
結局、様子がおかしければふたりにそろって心配されるわけで、おかげでエミヤは復活するまでに多大なる時間を要した。
愛は、時に凶器だ。



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