空に稲妻、不吉な気配。
槍を担いだ兄と、徒手空拳の弟は目のまえにそびえる大きな城を眺めた。
「これが……風雲エミヤ城……!」
またも稲妻。
目と口を大きく開けて見入る弟とはうらはらに、兄は槍で肩をぽんぽんと叩きながらあくびなどしている。余裕綽々だ。弟、セタンタは思う。慣れているのか、と。さすが……とは思いたくないがさすが兄貴……なの、か?
稲妻、三度。ふと兄、ランサーの表情が真面目なものになる。セタンタは思いきってたずねてみた。
「なあ、兄貴」
「あ?」
「なんでエミヤ、あんな城に閉じこもっちゃったんだろう」
「ああ……」
あいつは、昔からそうだった。目を伏せるランサーに眉を寄せるセタンタ。こういうとき、敵わないと思う。年月なんてささいなものだ、と思うセタンタだったが、長い月日をエミヤと共にすごしてきたセタンタのそのさらに倍以上の年月をすごしてきた兄。
彼のエミヤに対する知識は、悔しいがセタンタよりも深いはずだ。
ランサーは遠い目をして語りだす。
「あいつは……昔からそうだった。辛いことやなにかがあると自分の殻に閉じこもっちまう癖があってな。まあ、なんだ。オレが何年もかけて改善してやったおかげで、めったなことがないかぎりそうはならないようになったんだがな」
「じゃ、今回はよっぽど辛いことがあったんだ……」
ショックを受けて下を向くセタンタ。こぶしをぎゅうと握りしめる。なんで気づいてやれなかったんだろう。自分を叱咤する。
「―――――なにか知ってる? 兄貴」
ランサーは。
遠い目をしたまま、告げた。
「ちょっとしつこく飯のつまみぐいしただけなのになあ……」
稲妻。唖然とするセタンタ。槍の先端で背中を掻くランサー。また、あくび。セタンタはわなわなと震えだす。
「このバカ兄貴!」
「ってえ!」
「あのエミヤがそこまで怒るってことはちょっとじゃないだろ! すごくだろ! も、ほんっとバカ! しんじらんねえ! ばーかばーか!」
「てめえ、向こう脛蹴りやがったな! ちょっと来い百度ほど蹴り返してやる」
「しつこくてバカな上におとなげねえ! さいってえだな!」
そんな兄弟に怒りを告げるように―――――五度目の稲妻がカッ、と白く光った。
まるで城の中にいるエミヤの髪の色のように。


柳桐池―――――
「わ、全部の岩の上に食べものが置いてある! しかもどれ踏んでも沈まねえ!」
「……あいつ本当に怒ってんのか?」
「呑気に食いながら言ってんなよ!」


きのこでポーン―――――
「きのこ以前に……」
「橋かかってんな」
「しかもすげえ頑丈! なにこれ!」
「でも休憩所はちゃんと用意してある、と。飯もちゃんとあるな」
「エミヤ……オレ、なんか泣けてきた……ってうわ! 坂、ひっく! ってこれ坂か!? 坂なのか!?」
「どーでもよくなってきた。行くぞ」
「兄貴がいうな!」


セラリズ海峡―――――
「……いないし」
「そもそもセラリズって誰だ」
「しらねえ」
※この時点でまだ兄弟はメイドたちとは未接触ということで
「あ……でもちゃんと飯は落ちてる……」
「あ、金ぴか社長……の弟。よっす」
「こんにちは! あ、ここ通りますか? いいですよ、どうぞ!」
「……あいつ本当に怒ってんのか?」
「だから食いながら言ってんなよ!」


んー、と頭を掻きながらランサーは言う。手にケーキやパフェを持ったまま。
「あいつ本当に怒ってんのか」
「…………」
答えられないセタンタ。微妙に目線を逸らしている。なんでかな。なんでかな、エミヤ。なんでオレ、うれしいのか悲しいのか、わかんないんだろ。ハンガーガーを頬張りながら城内へと踏みこんでいく兄を追うセタンタだった。


ダイ・ローレライ―――――
しん、と静まり返った城内。食べものが点々と落ちている。ここでもうセタンタのしっぽはぶんぶん振っていいのかしょもりと垂れ下がっていいのかわからない状況になった。
「エミヤ……」
玉座に座っているのはエミヤだ。頬杖をついてそっぽを向いている。
「私は帰らんぞ」
「エミヤ!」
先手を打って言われてしまって、セタンタは叫びを上げた。
その声にちらり、と心揺らされたようにエミヤはそちらを向いたが、ランサーの姿が目に入るとまたぷいとそっぽを向いてしまう。
「私は帰らん」
「エミヤ! そんなこと言わないで一緒に帰ろうぜ! オレ、エミヤがいなくちゃだめなんだ!」
ほら兄貴も、とアロハの裾を引っ張って訴えるセタンタ。悔しかったがここはランサーのひとことがないと駄目だと思ったのだ。原因はランサーである。その原因が解決しないとエミヤは帰ってこない。どんなにセタンタが訴えても、エミヤの心が揺れても。
エミヤも意外におとなげない―――――でもそこがかわいい。
なんて思うところ、セタンタもランサーの弟である。
「ほら兄貴、あやまれって!」
ぴょんぴょんと跳ねて沈黙しているランサーの腕を引っ張るセタンタ。ランサーはなにに役立ったのかわからない槍を担いでじっとエミヤを見ている。
と。
その槍を下ろして、両手をぶらぶらさせるとランサーはエミヤの座る玉座に向かって歩いていった。あにき、とつぶやくセタンタ。
やたらと荘厳な音楽の中で、玉座に辿りついたランサーはエミヤの足元に跪く。
そしてその手を取った。
「エミヤ」
「…………」
「オレが悪かった」
「……本当にそう思っているのかね」
「ああ。もうしねえよ……しばらくは」
「君は! 本当に! わかっているのかね!」
思いきりよく手を振り払われて怪訝そうな顔をするランサー。こりゃだめだ、とセタンタは額を押さえてため息をついた。
幼なじみたちはきゃいきゃいとかしましくなんでだ、とかなんでとかいうか!などと騒いでいる。とりあえず、道中持ってきたみかんを剥きながら、パーカーのフードに入れてきたこねこさんを床に下ろすセタンタ。
「ちょっと時間かかるかもだから、おとなしく見てような」
こねこさんは騒いでいる幼なじみたちをちょっと不思議そうな目で見てから、セタンタに頭を撫でられてみゃあ、と小さく鳴いた。



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