あれは誰だ、誰だ、誰だ。
見慣れない一団に他の参加者たちはとまどい、ざわめく。小さな少年とそれによく似た男。おそらく兄弟であろう。それと、白銀の髪の男。彼らの持つ宝具は、宝具と言っていいのかもわからないがひどくでたらめで対処法が上手く取れない。
まず、少年……セタンタの“駄々こね”。(相手の役札から一枚を持っていってしまう)男……ランサーの“恐喝”。(手札を透かして見せるように強制する)白銀の髪の男……エミヤはそうおそろしくはないように見えたが、彼が一番おそろしかった。
兄弟のMPを無限に回復してしまうのだ。それも丹精こめた料理で。料理でだ。
「それもらい!」だの、「いただきだ」だのと景気よくばしばしと札を取っている兄弟の横で携帯用コンロを使い、ホットケーキを焼くエミヤ。シュールな光景に対戦者たちは息を呑む。
「出来たぞ、セタンタ……ランサー」
「わーい! あ、ちょいタイムな」
「やっと出来たのかよ。待ちくたびれたぜ」
いただきます。ぱくぱくもぐもぐはふはふ。
対戦相手は言葉を失う。―――――これは一体……。
「こら、セタンタ。口元にはちみつがついているぞ?」
「んー」
そんなほのぼのとした光景を見せつけられて、挙句の果てに負ける。屈辱だった。
「ふ……うふふ、そうですよね……どうせわたしなんて日陰者ですよね……いけなかったんです、期待しちゃ……期待なんてしちゃ……うふふふ」
「サクラ! いけません、暗黒面に引きずりこまれては! おかしいのは彼らです! 彼らが規格外なのです!」
ランサー、エミヤ、セタンタの共通の友であるライダーが懸命に親友の間桐桜をなぐさめている。冷静沈着な彼女だが、間桐桜のこととなると慌てた様子を見せた。そんなふたりを見やりつつ、無責任に言うランサー。
「ってもなあ。負けは負けだし、仕方ねえんじゃねえのか」
桜の精神にひびが入る。ライダーは絶望の形相と化した。
「ランサー、あなた……!」
「おっと。オレたちはいまはそんな名前じゃねえよ」
「…………?」
地に這うようにして威嚇のポーズを取ったライダーは、怪訝そうに顔を上げる。
「当主と次期当主と教育係―――――それが、いまのオレたちの名だ」
ライダーは驚愕の表情をその端正な顔に浮かべる。しばし、沈黙が落ちた。
「そのままですね」
「それは言うな」
一応、自覚はあるらしいランサーだった。
チーム名、当主と次期当主と教育係。彼らは、快進撃をつづけていった。この戦いに三人が参加することとなったのは―――――とある朝、新聞受けに入っていた手紙がことの発端である。
「温泉―――――?」
「ああ。信じられない話だが……初めに入った者の願いが叶うという」
「すげえ……!」
信じられないといった顔でその手紙をためつすがめつしていたランサーとエミヤだったが、きらきらと輝くセタンタの瞳につい圧されてその顔をじっと見てしまう。うれしそうに跳ねると、セタンタはエミヤの腕にぎゅうとしがみつく。
「エミヤエミヤ! オレ、行きたい! その温泉、行きたい!」
「セタンタ?」
エミヤは驚く。そんなにも―――――叶えたい願いがあったのだろうか。それに気づいてやれなかった自分が情けない。
眉を寄せて同じ視線にまでしゃがみこむと、エミヤは首をかしげてたずねた。
「セタンタ」
「ん?」
「そんなに……なにか、叶えたい願いでもあったのか? 気づいてやれなかったのは私の落ち度だ。すまない」
「ちが……ちがう! それはちがうって、エミヤ!」
首を勢いよく振ると、エミヤにしがみつくセタンタ。驚いたように目を丸くするエミヤに、セタンタはまっすぐにその鋼色の瞳を見すえ口を開く。
「オレは、しあわせになってほしいんだ! エミヤに!」
「……私に?」
うんうんうん、と大きくうなずくセタンタ。
「エミヤが一番に入って、エミヤのしあわせをお願いすればいいだろ?」
まっすぐな瞳。
「好きだから、しあわせになってほしいんだ。オレのエミヤ」
ぎゅう、としがみつかれて、エミヤは軽く赤面する。セタンタ、と名を呼ぼうとして、背後からのしかかられて呻きを上げる。
「ランサー!」
振り返ってみれば、そこには予想通りにやにやと笑っているランサーの姿。
「面白そうな話してるじゃねえか。オレも混ぜろよ」
「なっ……!」
「安心しろ、ガキ。オレだってエミヤを愛してる。だから、一番最初はエミヤに譲ってやるよ」
「え」
「……ランサー……」
じん、ときた。思わずエミヤは小さく鼻をすすると、ランサーに向かって微笑みかける。ランサー、と。
微笑みかけようとした。
「まあ、そのすぐあとに一緒に入るんだがな」
「……ランサー……」
「変質者兄貴」
冷たい視線がブリザードのようにランサーを射抜いたのだった。


「ランサー……やりますね」
「おう。当然だ」
「セタンタ……あなたも、強くなった……」
「えへへ」
「アーチャー。……ご苦労さまです」
「なんとなく前者とはニュアンスが違う気がするが……その言葉、ありがたく受け取っておこう」
胸に手を当ててつぶやくセイバー。目を閉じてなにごとか思う表情だ。
剣士として、負けたことが悔しいのかと三人が思った、そのとき。
「ところでアーチャー」
「なんだね」
「わたしにも、その……ホットケーキを焼いてはもらえないでしょうか」
わあ。
予想通り。
エミヤは期待に目をらんらんと輝かせたセイバーをじっと見てからうなずくと、どこからか携帯用コンロを取りだした。
「あ、エミヤ。オレも食いたい」
「兄貴こいこいばっかやってピンチに陥ってばっかだったろが! 調子のんな! だめだ!」
「ばっかやろ、男が勝負に出ないでどうす……ああ、厚めにな」
「バカ兄貴!」
地団太を踏むセタンタの分ももちろん作りながら、エミヤはそっと苦笑いした。


温泉までは、まだ、遠い。



back.