「セタンタ。―――――セタンタ」
なつかしい教育係の……なつかしい?声に名を呼ばれて、セタンタは飛び起きた。また畳の上で寝てしまったのだろうか、頬には跡。黒のランドセルが傍らに転がっている。
うい、と奇妙な声を上げてセタンタは顔を上げた。すると心配そうな顔をしてエミヤがセタンタの顔を覗きこんでいた。
「あ……れ?」
「どうした?」
「なんか。変な夢。見てた、気がする」
「夢?」
首をかしげるエミヤ。セタンタはうなずくと頬についた畳の跡をごしごしとこすった。かなり強くついてしまっているらしく、なかなか取れない。
「ああ、そんなにこすっては赤くなるぞ」
言うにはもう遅かった。セタンタの丸い頬は真っ赤になってしまい、彼の目は丸くきょとんと見開かれていた。
「痛くはないか? まったく……」
叱咤する口調ながら、苦笑して、エミヤはセタンタの頬を撫でてやる。軽く頭を揺らされながら、セタンタはこぶしをきゅっと握って、早口で話し始めた。
「あのさあのさ! エミヤが神主やってたり、変な城に閉じこもったり、一緒に花札やったり」
「……は?」
「そんな夢。見たような、気がする!」
「……一日で、か」
「うん」
うなずくセタンタ。エミヤは唖然として、それからくすくすと笑いだす。
「あ、なんだよエミヤ! うそじゃねえぞ!」
「嘘だとは言っていない。ただ……バラエティに富んだ夢だと思ってな」
依然くすくすと笑うエミヤ。むうっとセタンタはふくれて、力を溜めるとその体に思いっきりダイブした。
「セタンタ!?」
油断していたエミヤはどう、とセタンタもろとも畳の上に倒れてしまう。セタンタは胸元までしゃくとり虫のようによじ登ると、驚いた顔のエミヤに向かって大きな声で言い放った。
「うそじゃない!」
「あ? うん、ああ……わかっている……」
「そんな子供だましな言い方じゃ、やだ」
エミヤは驚いた顔から一転、虚をつかれたような顔になる。セタンタは真剣な顔だ。エミヤの胸の上に乗って、というよりはのしかかり、胸元に手をついてじっとその顔を見ている。ねだるというには子供らしさが足りない瞳。エミヤは視線を逸らすことなく、けれどせめてと嘆息して、口元を吊り上げると小さな青い頭をそっと撫でた。
「―――――信じているよ。私のセタンタ」
セタンタは頭を撫でられて少し不満そうな顔をしていたが。
その言葉ににっこりと笑うと、うん、とつぶやいてエミヤの頬に頬ずりをした。
「エミヤ」
「うん?」
「すきだ」
「……ああ。私も、君が好きだよ」
「ちゃんと意味、わかって言ってるか?」
「? ……ああ」
「エミヤは危なっかしいからなあ!」
だからあんなことになっちゃうんだ、と夢と現実を混同しているらしいセタンタに、エミヤは苦笑する。セタンタ?甘い声で呼べば怪訝そうに首をかしげる。
「一体、どんな夢を見た? 詳しく教えてはくれないか?」
その言葉にセタンタは顔を輝かせるとうんうんと首を縦に振った。そうして身振り手振りつきで荒唐無稽な夢の話を始める。それはあまりにも現実離れしていて、エミヤは最初は真面目に聞いていたものの、だんだんとまた笑いだしてきてしまう。くつくつと肩が揺れ始めたのを見て、セタンタは、あ、と正座していた足を崩して身を乗りだした。
「エミヤ―――――」
するとどたん、と大げさな音を立ててセタンタは転んでしまう。さすがに笑っていたエミヤも慌てて、こちらは慣れたものである正座の体勢から素早くセタンタの元へと駆け寄った。
「セタンタ!?」
抱き起こして、辛そうな表情で呻くセタンタに問えば。


「足……しびれた」


エミヤは目を丸くすると。
もう耐え切れなくなったというように、声を立てて笑い始めた。
セタンタはむっと頬をふくらませたが、エミヤがあまりにも楽しそうに笑うので、一緒になって笑い始めてしまった。


さてさて。
セタンタが見たのは本当は真実だったのか、夢だったのか―――――それは、誰が決めること?



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