オレもう子供じゃない。
セタンタがよく言う言葉であったが、一方彼は子供という立場を大いに活用しているように思えた。無意識に、だろうが。
彼がそんなに計算高い子供だとは思いたくない。そう打ち明けた相手のランサーは半眼でエミヤをじっと見て、幻想も大概にしろよ、と告げた。
「幻想?」
「そうだ」
「何故?」
「今時のガキはそんなに純粋じゃねえ。……大体、おまえだってさんざんその身で味わってきただろうが」
う、と赤くなってエミヤは喉を鳴らす。数々のピンチが脳裏を駆け抜ける。おまえ、オレがいなかったらどうなってたと思うんだ?ランサーが言う。呆れたように。
「信じてやるのも大事だろうがな。あんまり無条件になんでもかんでも許してると、痛い目見るぜ」
たとえばこんな風に、と言われて怪訝な顔をするエミヤ。と、その頬にランサーが音を立ててくちづけをした。
「ランッ……」
ランサーは素早い。頬を押さえてエミヤが立ち上がったときには、もう襖のところまで避難していた。ひらひらと手を振って、ついでに投げキッス。完全にふざけている。
「じゃな。うっかり奪われちまわないように気をつけな、オレのエミヤ」


「…………」
「エミヤ?」
「…………」
「エミヤ?」
「…………」
「エミヤ!」
はっと顔を上げる。と、むうっと頬をふくらませたセタンタの顔が目の前にあった。その近さにどぎまぎしながらセタンタ?とたずねるエミヤ。
「セタンタ? じゃない! どしたんだよエミヤ、さっきからなんか変だぞ?」
「あ、いや。なんでもないんだ……」
「もしかしてバカ兄貴になんかされたのか!?」
「あ、いや! そうではなくて!」
ちゃぶ台に手をつくと元から赤い瞳を血走らせて叫んだセタンタにエミヤは動揺する。た、確かにだ。なにもされなかった、というわけではないけれど。いや、いまの話の焦点はそこではない。
「じゃ、なんだ?」
焦って腕を掴んだエミヤにきょろんと目を丸くしつつ、先程までの形相が嘘のように愛らしい顔をしてセタンタが首をかしげる。
その様は本当に愛らしくて、まさに子供の純粋さを体現しているかのようで。
ああ、ランサー。
やはり私は彼をそんな風に思うことは出来ない。セタンタは純粋無垢で、とてもそんな―――――。
「エミヤ」
高い声が静かに名を呼ぶ。顔を上げたエミヤは、抱きしめられている自分に気づき、先刻のセタンタのように目を丸くした。
「……な?」
「エミヤ。オレにはなんでも話してくれよ。エミヤはオレが守るんだから」
「セ、セタンタ」
「オレのエミヤ」
だいすきだぜ、とささやくと、セタンタは。
エミヤの頬に、音を立ててくちづけを。
したのだった。
「―――――ッ」
まるで驚いたときのこねこさんのように全身の毛を逆立てて顔を真っ赤にするエミヤ。そのこねこさんはというと、縁側で呑気にお昼寝中だ。短いしっぽがぱたんぱたんと床を叩いている。
エミヤ、ともう一度ささやくと、セタンタは笑ってエミヤを抱きしめた。
ああ、ランサー?
私は君の言葉を信じるべきなのか、それとも?
苦悩するエミヤ。セタンタはそんな彼の心境を知ることなく、青いしっぽをぶんぶんと振って愛する教育係の耳元に懸命にラブコールを送っていた。



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