「エミヤよ」
「うん?」
幼なじみが縁側に座ってふたり。庭ではセタンタとこねこさんが追いかけっこをして遊んでいる。美少女めいた相貌のセタンタが笑って動物とたわむれているというのは、そのままテレビのCMかなにかに出来そうなほど微笑ましい。
いつもどおり適温で淹れられた玉露に口をつけると、ランサーは歓声を上げてこねこさんとたわむれている、どことなくきらきらフィルターがかかったような弟の姿をじっと見ながらつぶやいた。
「あいつが成長したら一体どうなると思う?」
「―――――……」
エミヤはその質問に虚をつかれたように目を丸くし、すぐに晴れやかな笑顔を浮かべた。
「なにを聞くんだ。きっと素晴らしい青年に成長するに違いない……」
「果たしてそうかな?」
「……な……」
笑顔が凍る。くく、と喉を鳴らして笑うランサー。明らかに悪だくみをしている顔だったが、そのときのエミヤは気づかなかった。否、気づけなかったというべきか。
エミヤはセタンタを愛している。恋だのなんだの、そういった次元とは接触するのかどうかは疑問だったが、とにかくいとしい存在だと思っていた。私の愛しいセタンタ、という言葉に嘘はない。
だからそのいとしい存在を否定されて面食らったのだ。それも互いに親しい間柄のランサーに。
「な、なにを言うんだランサー。セタンタは良い子だ。このまま育てばきっと誰にもやさしく心根も正しい、立派な青年に……」
「マザコン、ファザコン、シスコン、ブラコン」
なんでもない口調でランサーがつぶやいた言葉にエミヤの弁解が止まる。自分用に用意した湯呑みに茶を注ぐことなくランサーをじっと見ている。
「エミヤ。おまえも気づいてないわけじゃないだろ? あいつはおまえに執着しすぎだ」
エミコンとでも言うべきか?と首を捻るランサーにエミヤは身を乗りだした。
「それは! まだ彼は子供で……両親を一度に失いさびしいということもあるのだろう。成長すればきっとそれも解消されて……」
「気づいてはいたんだな」
はっと息を呑むエミヤ。ますます意地悪く笑うランサー。
庭ではとうとうこねこさんをつかまえたセタンタが、その小さくふわふわの顔に頬ずりをして笑っている。ひげがくすぐったいのかときおり顔をそむけながら、それでも手を離さずに。
そのセタンタがエミヤの視線に気づいた。最初から笑っていたその顔が、さらにぱあっと明るく輝く。こねこさんを胸に抱えて、エミヤ!
そう一声叫ぶとセタンタは、エミヤに向かって勢いよく手を振った。
思わず笑顔になったエミヤは手を振り返す。―――――と、ランサーがその隣でぼそりとつぶやいた。
「あのままあのガキが成長したら、おまえ、年がら年中自分の貞操を心配しねえとなんねえぞ」
噴いた。
盛大に噴いたあと、気管になにか入ったのか景気よく咳きこみつづけるエミヤの背中をよしよしとさすってやるランサー。その手は穏やかで優しげだが、明らかに、明らかになにかを企んでいた。
「そうだろ? いまはいい。だがそうだな……あのときのオレたちと同じ、高校生程度になったとするか。もうがたいもいい加減に大人のもんだよな。そんな奴がいまと同じに飛びついてきたり、抱きついてきたり迫ってきたり……おまえ、どう対応する?」
「なっ、あ、そん、な、」
「“私の愛しいセタンタ”……おまえ、あれより何倍も図体のでかいガキに襲われそうになっても、笑って同じことが言えるか? どうなんだ?」
「そんな……」
ことはない、と言えないエミヤ。あまりの衝撃と煩悶に声が出ない。そういえば、セタンタの成長したところを想像したことはそうなかった。高校生のときのランサーを想像してみる。彼はもうあのときから“ランサー”だった。それが、セタンタだと思ってみると……。


エミヤ!
エミヤ、好きだ!
オレのエミヤ!
なあ、エミヤ?
エミヤ…………。


年の割に無邪気な青年がいまのセタンタの中味のままで飛びついてきたり、抱きついてきたり、迫ってきたり。
エミヤは混乱した。そんな、そんなことになったら自分はどうすればいい?セタンタはいまから力強さの片鱗を見せている。おそらく、成長したらランサーと同じくらいの豪腕になるだろう。
そんなセタンタにお、襲われたり?などしたら?
「セ、セタンタはそのような卑怯なことは!」
「男は狼なんだぜ、エミヤ」
つい、とおとがいをなぞる指先にエミヤはびくんと体を震わせた。赤い瞳が笑ってエミヤを見ている。縛される。
「思い詰めたらなにをするかわからねえ。……油断してると痛い目に……」
「あうのはそっちだ! バカ兄貴!」
景気のいい音がした。ランサーは呻き声を上げると、渾身の力で蹴られた向こう脛を押さえて小さく体を丸まらせた。
「てめ、この……また急所を狙いやがって……」
「敵に襲われたらまずは急所を狙って抵抗力を奪えって言ったのはエミヤだ!」
「…………」
「た、確かにそう教えはしたが」
身内にも適用しろと言っただろうか……?
いや、そもそもランサーは敵か?
戸惑っているエミヤにセタンタは駆け寄ってきて、がしりとしがみつく。いつのまにか縁側に下ろされていたこねこさんがそれを見て、みゃあ、と鳴いた。
「だいじょうぶかエミヤ! 兄貴はけだものなんだから気をつけないと!」
「てめ、このクソガキ! ……仕置くぞコラ」
「脅したってこわくなんかないんだからなっ」
卑怯者の兄貴なんかこわくない!
輝く瞳でそう言い放ったセタンタは、ますます力をこめてエミヤにしがみつくと、その顔を覗きこんで宣言する。
「エミヤ!」
「あっ、あ、ああ?」
「エミヤは、オレがずっと守るからな!」
ぎゅっと抱きつく。それを抱き返しながら、遠い未来に向かって思いを馳せるエミヤだった。



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