「…………」
「…………」
「返してこい」
「なんで!?」
衝撃に愛らしい顔を引きつらせて叫ぶセタンタ。がじりと奥歯で煙草のフィルタを噛むと、なんでとかいうか。とランサーは言い切った。
「ひとりでいたんだぞ! ほっといたらかわいそうじゃないか!」
「かわいそう? どうしてわかるんだ? そいつはひとりがいいのかもしれねえじゃねえか」
「そんなことない! ひとりは、さびしい!」
「それはおまえだろ。エミヤがいないと生きていけねえ。……は、だらしねえよな」
「それは兄貴だって同じ……っ」
「そもそも、だ」
言葉を遮るようにランサーが紫煙を吐きだす。長いあいだ天井に向けてそうしたあと、セタンタの腕の中を見て、目を細めた。
「そいつ、首輪ついてるじゃねえか」
「う……」
痛いところをつかれた。押し黙るセタンタの腕の中で、赤い首輪をつけたまだまだ幼い子犬が元気よく、一声鳴いたのだった。


エミヤはじっと子犬を見ている。幸い彼は(雄だった)ひとなつこく、おおねこさんのときのようにエミヤが怪我をすることはなかった。黒々とした大きな瞳と鋼色の瞳が見つめあう。
ある意味ロマンティックな雰囲気を醸しだしているひとりと一匹に、しかしセタンタが嫉妬することはなかった。
だって動物好きだから。エミヤと同じだから。
そんなところもうれしい。ささやかに。好きな人と同じところがあるというのはいいものだ。
で。
「ネームタグがついている。……どうやら、飼い犬で間違いないようだな」
子犬の赤い首輪を指先ですくうようにすると、そこにぶら下がっていた小さなタグを示してエミヤは冷静に言った。
どれどれと兄弟が覗きこんでみると、確かに。
端正な字で電話番号と住所が書かれたプラスチック製のタグがついていた。
「さっそく電話してみるか」
エミヤは抱き上げていた子犬を下ろすと、黒電話の方へと向かう。よちよちと畳の上を歩き始めた子犬を見ながら、ランサーはじとりとした目つきでセタンタを見やった。
「ご丁寧にネームタグだと」
「…………」
「気づかなかったのか、おまえ」
「うるっさいな!」
兄貴だって気づかなかっただろ!と叫ぶセタンタの顔はめずらしく真っ赤だった。どうやらたった一匹で道を行く子犬が目に止まって、たまらず抱き上げ連れてきてしまったらしい。若さゆえの暴走。ネームタグとか、そんなの知りません。という感じで。
「もしもし?」
静かなエミヤの声に、いったん兄弟は喧嘩を止める。しい、とふたりそろって同じしぐさ。電話中はお静かに。
「……はい。ええ。こちらでお預かりしています。ああ、そうでしたか……それはまた。はい。こちらはいつでも大丈夫ですので、ぜひご都合のいいときにお引取りにいらしてください。それまではこちらでお世話しますので。お気になさらないでください、はい、はい、それではお待ちしています」
ちん。
「……どうだった?」
受話器を置いたエミヤに、おずおずと問いかけるセタンタ。嘆息したエミヤは振り返ると、にこりと笑って彼を安心させるように告げた。
「少し遠いところに住んでいるとのことでな。明日には引き取りに来るそうだ」
「そっか!」
ぱっと顔を輝かせるセタンタ。よつんばいになるといまだよちよちと畳の上を歩いている子犬に視線を合わせて満面の笑みで微笑む。
「よかったな! 家に帰れるぞ!」
その勢いにちょっとびっくりした様子の子犬を抱き上げて、セタンタはぎゅうと抱きしめた。エミヤは苦笑する。
「こら、セタンタ。あまり乱暴にするな。よそ様の犬だぞ」
「あ、そっか」
舌を出してセタンタは子犬を畳に下ろす。とたんよちよちと、というよりはよろよろと歩きだす子犬。それを見やって、ランサーは相も変わらず火のついてない煙草の先端を指先で弄びながら言う。
「明日までのお預かりか。だがエミヤ、大丈夫か?」
「一日なら大丈夫だろう。あとでトヨエツに行ってドッグフードを買ってこなければな」
「うれしそうだな、ずいぶんとよ?」
「そ、」
わずかなあいだ絶句して、エミヤはぼそぼそとつぶやく。かすかに顔が赤かった。
「そんなことは……ない」
ランサーはじっとエミヤを見つめる。と、不意にその体を抱きしめた。
「な」
「ほんっと、おまえ昔から変わんねえよなー。こういうところはわかりやすくてかわいいったらねえ」
「なにを言うか! 君だって変わらないではないか!」
「あーかわいいかわいい」
白銀色の頭をかいぐりかいぐり。明らかにふざけているその様子にも生真面目にエミヤは君だって、などと答えている。と、そこに青い弾丸が突っこんできた。
「ふたりでなにやってんだよ! ずるい! オレも!」
「邪魔だガキあっち行けどこか遠くへそのまま行っちまえ」
「ランサー……」
「おとなげねえ……!」


ぎゃあぎゃあと騒ぐ一応大人ふたりと子供ひとり。その喧騒の中、昼寝から覚めたこねこさんは間近に寄ってきていた子犬にふんふんと匂いを嗅がれ、わけがわからないといったように目を丸くした。
「で、明日までだがこいつのことなんて呼ぶ?」
「…………」
「……“こいぬさん”はなしな、エミヤ」
「! どうしてわかった、セタンタ!?」
「どうして……」
「……ってなあ」



back.