「ジュースは置いてねえぞ」
「開口一番それかね」
困ったように言うエミヤの手の下で、セタンタがオレは!お客さん!だぞ!と、ぴょんぴょん跳ねて怒っていた。
ここはランサーのバイト先。高級な紅茶と洋菓子を出す専門店だ。
日頃は平日に入っていることが多いのだが、今日は昨日の振り替え。なので土曜入りなのだった。
「ってもなあ……事実は事実だし、エミヤ。おまえだけならオレも接客に気合が入るってもんだが、ガキが一緒じゃあなあ」
「エミヤ、ひとりで来たことあるのか!?」
「? ああ、一度だけだが」
ギギギと不可解な音を噛みしめた奥歯から出すセタンタ。あからさまに不機嫌なのが見て取れて、エミヤは困惑する。とりあえず小さな頭をくりくりと撫でてみた。
セタンタからしてみればちょっとしたショックだった。兄とエミヤが隠れて会っていた。オレに内緒で、とセタンタは歯噛みする。こういうの、なんだろ、あっ、密会っていうんだ!
言葉自体は例の一件で仲良くなった六年生の少女から教わったセタンタだったが、意味はまだよくわからなかった。でもあまりよくないことだというのはわかる。
「エミヤ……」
だからじいっと手をつないだエミヤを見上げてみれば、やはり困惑した顔をしていた。そんなかわいい顔しても許さないんだからな、とセタンタは思う。
「セタンタ?」
「…………」
むー。
「セタンタ」
「…………」
む、むー。
「セタンタ……」
「……………………」
だめだ。


突然ぎゅっと足に抱きついてきたセタンタに、驚きながらもエミヤはその頭をまた撫でた。
「なにやってんだおまえら」
「? さあ……」
「とりあえず席に案内してやるから、ついてこい。な?」
店内の注目を集めながら、ふたりは奥の席へと案内されたのだった。


「ランサー。とりあえず、オーダーは君に任せる。飲みやすいものをふたつと……セタンタになにか甘いものを」
「かしこまりましたお客様」
「うわっ兄貴きもちわるい」
「セタンタ」
こら、とたしなめられてだってと己の身を抱くセタンタ。いつもの兄と明らかに態度が違う、口調が違う。エミヤに敬語を使っている!
きーもーちーわーるーい。
「声に出てますが、小さなお客様」
「えっ」
口を押さえるセタンタ。ウェイター姿のランサーはにこり笑うと、小さな声で
「家に帰ったら叩いて丸めて伸ばして型抜いてクッキーにしてうちの店で出してやろうか」
「ランサー!」
ああ、やっぱり兄貴はこうじゃなくちゃ。
ものすごくひどいことを言われているのに、なんとなく安心したセタンタだった。
―――――閑話休題。
「あ、美味い」
しばらくして運ばれてきた紅茶におそるおそる口をつけたセタンタは、目を丸くして言う。家では緑茶やジュースばかりで、あまり紅茶というものは飲んだことがなかったセタンタは実は少しばかりびくびくしていたのだけれど、心配することはなかったようだ。
口当たりがよくまろやか。ミルクを入れなくても飲める。砂糖は、さすがに多少入れたけど。
エミヤはそれを聞いて微笑むと、よかったなと首をかしげた。
「うん。エミヤは?」
「私もこの茶葉は初めて飲むが、美味だと思うよ。ランサーの見立ては正確だったな」
「へえ……」
ひとくち紅茶を飲んで、セタンタは感心した声を漏らす。見てみると、ランサーはよく働いていた。客に呼ばれればすぐそちらに向かい、カランと入り口のベルが鳴れば出迎え。
いつもうちでアロハやTシャツでぐうたらしている姿ばかり見ているセタンタには、ぴしりとしたウェイター姿も新鮮だった。
こくこくと紅茶を飲んで、その合間にケーキを食べて目を輝かせ、セタンタは小声で言う。
「エミヤ?」
「うん?」
もじもじと指を交差させながらセタンタは、照れたように、
「兄貴ってかっこよかったんだ」
その言葉に目を丸くしたエミヤに、慌ててセタンタは付け足す。
「ち、ちょっとだけ! ちょっと思っただけだからな!」
そう言って大きな口でケーキを食べ始めたセタンタに、エミヤはふわりと微笑んでみせた。
「そうだな」


昼間のパパはちょっと違う。
ではないけれど。
ふたりの視線を受けながら、しっかりと働くランサーは確かに格好良い男だった。



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