パシャリ。
「―――――?」
突然のシャッター音にエミヤは目をまばたかせた。仕事中、かけた眼鏡が半分ずり落ちる。
それを指先で押し上げながら音のしたほうを見れば、大事な子供が笑っていた。
「セタンタ」
それは?と言外にたずねると年代物らしき大ぶりなポラロイドカメラを抱えたセタンタはへへへと得意そうに胸を張る。
「蔵掃除してたら出てきたんだって」
なるほど、今日はいい天気だ。ここぞとばかりに大掃除をしている護衛たちが見つけたものを、セタンタが譲り受けたのだろう。玩具にしては古めかしかったがまあ、セタンタが気に入っているなら良い。
エミヤはそう結論づけると微笑んだ。
「そうか」
「エミヤ、仕事中?」
「ああ。だが、もうじき終わる。そこで待っていてくれれば……」
「わかった」
部屋の中に入ってくると、セタンタは先程の写真をひらひらと振りながら乾かしている。エミヤはその微笑ましい様子を見て目を細め、すぐにまた仕事に取りかかった。
書類は少ない。セタンタを待たせることもそうないだろう。
かりかりとペンが紙の上を走る音がしばらく部屋を支配した。エミヤは踊るように仕事をする、といつかセタンタが評したことがある。
詩的な子供だ、とそのときは思った。
そんなにこの子供の目に、自分は優雅に見えるのだろうかとも。
……やがて仕事は終わり、ため息をつきながらエミヤは書類をそろえて軽くちゃぶ台の端に打ちつけ、整える。言ったよりも時間がかかった。退屈して畳に寝転がってでもいるのだろうと思い、セタンタの姿を見やったエミヤは軽く驚いた。
セタンタは、真面目な顔でカメラをかまえていた。
「セタンタ?」
「ん?」
「その、どうした?」
「あ。エミヤの仕事が終わった記念写真を撮ろうと思って、」
待ってた。とセタンタは言う。
なんだろうそれは、と思うエミヤ。けれど撮っていい?とうれしそうにセタンタが聞くので、素直に了承した。
「ピースは?」
「……それは許してもらえないだろうか」
そうなんだ、とつぶやいてセタンタはシャッターを押す。フラッシュもきちんとたかれるタイプのようだった。出てきた一枚をまたひらひらと振って乾かしているセタンタに、エミヤはたずねる。
「さっきの写真を見せてもらえるか、セタンタ」
「うん!」
セタンタはとてもいい返事をする。顔を輝かせるとはい、とま四角い写真を一枚、エミヤに向かって差しだしてきた。
それを見てみると、少し驚いた顔のエミヤが写っていた。少しずれたピントはご愛嬌といったところか。けれど、初めてにしては上手く撮れていると思ったので素直にエミヤはセタンタを誉める。
「よく撮れている」
「本当に?」
「本当だよ」
笑ってみせれば、安心したようにセタンタは笑ってもう一枚の写真も差しだしてきた。エミヤ仕事終了記念、というやつだ。
「これは?」
どれどれ、と見てみれば今度は生真面目な顔のエミヤ。心なしかピントも先程より合っている。―――――ほう、と感心するエミヤ。
「先程よりよく撮れている。上達するのが早いな、セタンタ」
「ほんとにっ?」
「私が君に嘘をついたことが?」
セタンタはぶんぶんと首を振る。真面目な顔で何度も、髪が乱れるまで振って、そしてにかりと微笑んだ。
この子供は本当に、太陽のように笑う、とエミヤは思う。
「アルバムを用意しようか。練習すればもっと上手に撮れるようになるぞ」
「うん!」
本当にセタンタはいい返事をする。エミヤは微笑んで、乱れた髪を整えるようにその小さな頭に手を置いた。
「エミヤでいっぱいのアルバムかあ」
「他のものは撮らないのか?」
「ん。オレ、エミヤが撮りたいんだもん」
「そうか」
エミヤはそう言うと、セタンタの頭を撫でる。うれしそうに首をすくめると、セタンタは明るい笑い声を上げた。
後日、約束通り青い表紙のアルバムが彼の手元に届くのだけれど、それはまた後の話だ。



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