エミヤ、と笑うセタンタ。
その笑顔に過去の幼なじみを思いだす。近ごろ本当にセタンタはランサーに似てきた。成長すればおそらく、もっと似てくるだろう。
すぐ大人になってしまう。
子供でいるのなど、わずかなあいだだけだ。手の内にいてくれるのなど、本当にごくわずかなあいだだけ。……少し寂しいな、と微苦笑してエミヤは眼鏡を外した。
「なあエミヤ」
「どうした、セタンタ」
こんなに手ばなしでなついてくれるのも―――――
「エミヤのタイプって、どんな?」
「……は?」
低い、呻きのような声が出てしまった。セタンタは今自分がどんな爆弾発言をしたかまったく気づかないご様子で、しっぽをぶんぶんと振って答えを待ちかねている。
うーん?
額に指先を当ててまぶたを閉じて考えて。己の内に沈みこんだエミヤを、無邪気にセタンタが揺さぶる。
「な、エミヤ、どんな奴がタイプなんだ?」
えーと?
だから。
……その。
「少し待ってくれないか、セタンタ」
「うん、オレ待つ」
「いや、そうではなくてだな」
目を丸くして首をかしげるセタンタ。エミヤは思う。あれだ。
これは、絶対わからないで言っているぞ。
「セタンタ」
「ん、決まったか?」
「だからそうではなくて。……どこで、誰にそんな言葉を教わってきた?」
ランサーか?
悪い見本の例でとっさに幼なじみの名前が出てくる辺り、冒頭の回想はだいなしである。それでも可能性としては一番大きい。
だが、セタンタはんーんと首を左右に振って、
「学校で」
「学校で!?」
「うん。休み時間、話してたとき。好きなタイプの話になって」
オレはもちろんエミヤがタイプだって答えたぜ、とでれでれと笑み崩れて頬を人差し指で掻くしぐさには、どことなく見覚えがあった。うれしいときのランサー、クー・フーリン少年の癖だ。しっぽもぶんぶんと振られている。
ああ、それにしても、今の子供は大人びている。
軽い頭痛に襲われてまた額に指先を当てたエミヤを、なあなあとあくまで無邪気にセタンタは揺さぶってくる。
心身ともに。
「エミヤは? エミヤの好きなタイプはどんななんだ?」
なあなあなあなあ。
機関銃のようにたずねてくる。あれだ。先程は理解していないと思っていたが、実はきちんと理解しているようだ、小学四年生。
それがとある場では口説き文句になるということも、あるいは。
いやいやいやいや。
エミヤは首を振る。
質問には誠実に。決して、不埒なことなど考えず。
きっと前を向くと、にんまりと笑むセタンタの顔が目前にあった。子供にして、大人の顔。
「決まったか?」
たずねてくる。
少し呆然として、なにかを振り払うように一度大きく首を振ると、エミヤはうなずいた。
「ああ」
「それじゃ、答えてくれよ、エミヤ」
期待する視線が、ひどく大人びているような。その一方で、年相応に子供じみている、いや、この言い方はおかしいだろうか。
とにかく複雑な視線に真っ向から鋼色の瞳を合わせると、エミヤは答えた。
「私が好む相手は」
「うん」
「誠実で、やさしく」
「うん」
「心根の正しい」
「うん」
「……つまり、君のようなひとだ。セタンタ」
びよん、としっぽが逆立った。
そしてじわあああ、となにかを溜めるようにぶんぶんぶん、と振られる。その動きはどんどん早くなる。エミヤは、真面目な顔でそれを見ていた。
「エミヤ、好きだ!」
だいすきだ!
飛びついてきた子供を抱きしめ、嘆息する。
オレ、おまえが好きだぜ。エミヤ。
森でそう言って笑った幼なじみは、このありさまを見たら鼻で笑い飛ばすことだろう。だけど、その瞳はきっとやさしいのだ。そして、ふらふらしているように見えて心根も正しく、誠実。
よく似た兄弟。
と、そこまで考えて、うれしそうに頬ずりをしてくるその無邪気な様に思考を突き崩されてしまって、エミヤは困ったように眉を寄せて笑った。
オレたち両想いだな!
そう叫ぶセタンタに、ああ、とうなずき返して頭を撫でながら。



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