TRICK OR TREAT!
TRICK OR TREAT!
外から元気のいい子供たちの声が聞こえてくる。今日はハロウィン。仮装をした子供たちが街をねり歩き、いたずらの代わりにお菓子をねだるのだ。
その中からトリック オア トリート!と明らかなカタカナ発音が聞こえてきて、エミヤはくくっと噴きだしてしまう。セタンタだ。とうとうこの日になってもセタンタの発音はカタカナから先へは上達しなかった。それでも元気よくセタンタは仲間たちの列に加わり、仲間たちもそれを気にせず仲良く行進をしている。ずんたかたー、ずんたかたー。
あちこちの家で悲鳴にも似た歓声が聞こえる。きっとこの邸宅にやってくるのももうすぐだろう。エミヤはふ、と笑いをおさめて、バスケットを引っ張りだしてきた。
中にはたくさんのお菓子。カボチャのタルト、パイ、プリン、クッキー、シフォンケーキ、キャンディ。全部きちん、とラッピングしてある。子供たちの、特にセタンタの喜ぶ顔が目に浮かぶようで、エミヤは安らかに目を細めた。
子供たちには、楽しんでほしい。この特別な日を。
「TRICK OR TREAT!」
がらり、と玄関が開けられる音がする。来たか、といそいそ向かおうとしたエミヤはやけに静かな気配に首をかしげる。さっきまでは、わあわあと騒がしかったのに。
―――――は、と気づいてエミヤは廊下に出た。ぱたぱたと小走りで玄関へ。そこに見えたのは、
「おっさんたちさー、顔怖いんだから少しは自重してくれよなー」
「す、すみません、坊ちゃん、ご学友」
……予想通りの光景だった。
いかつい護衛たちに怯える子供たち、その先頭に立って人差し指を突きつけながら仕方ないなといったように説教をしているセタンタ。
そういえばセタンタが特殊だったのだ。普通、子供から見たなら護衛たちの外見は恐ろしい部類に入るだろう。
TRICK OR TREAT、いたずらかお菓子かなどと言っている場合ではない。いたずらなんてしないからいたずらしないで!といった風か。
その中でも特にセタンタとは親しいカンタ少年、ミミ少女などは割と平然とした顔をしているのだが。
彼ら彼女らはときどきこの邸宅に遊びに来るときがある。それで護衛たちにも免疫があるのだ。
「あ、エミヤっ!」
うーむと首を捻るエミヤの姿を見つけて、ぱっと顔を輝かせるセタンタ。その頭についたふたつのふわふわの耳がぴこぴこと動いた。
もちろん仮装なのだが(狼男?狼少年?)何故だかしっぽと同じでセタンタの感情に合わせて動くようだ。
見ればふさふさの尾も、うれしそうにぱたぱたと動いている。
セタンタの摩訶不思議。
「トリック オア トリート!」
がお、と吠えてみせるセタンタに笑って、エミヤはバスケットを板の間に下ろして降参のポーズを取った。
「困った。いたずらをされては困る、菓子をやるから退散してはくれないか?」
「へっへっへー」
どうしよっかなー、などと形だけは凶悪に舌なめずりをしていたセタンタは、素早く子供の顔に戻るとエミヤの腕にしがみつきその尾で目を丸くしているエミヤの腕を撫でる。そして、エミヤが静かに開いたバスケットの中を見て驚愕の表情を浮かべた。
「―――――!」
どれどれ、とカンタとミミがその後ろから何の気なしに中を覗きこんでまたも驚愕の表情を浮かべる。ちなみにカンタ少年はフランケンシュタイン、ミミ少女は天使の仮装をしている。どちらもよくお似合いだ。
「すげえ!」
「すごい!」
その素直な歓声に、他の子供たちもおそるおそる中へと入ってきて、バスケットを覗きこむ。すると皆一斉に同じような表情になって、エミヤはセタンタにじゃれつかれながらもその反応に噴きださずにはいられない。
なんてかわいいのだろう。
自分の過去を思いだして、こんなにかわいげがあっただろうか?とエミヤは思う。いつもむっすりとしていて、子供らしくない子供だったと思う。それを外へ連れだして、笑えるようにしてくれたのは他でもない、


「おお。大盛況だな」


「ランサー、君、どこから」
「例の場所だ。この季節になると少し冷えこむがな。ま、サバイバル訓練に比べれば大したことねえ」
「昨日から入っていたのか……!?」
おうよ、と答えると後ろ髪を跳ね上げて、ランサーはバスケットにむらがる子供たちに向かって語りかけ始めた。
「エミヤの作るもんは確かに美味いがな、少しはオレにも取っておいてくれよ」
「あ、セタンタくんのお兄さんだ、こんにちは!」
こんにちはー!と一斉に叫ぶ子供たちにちちち、と指を振ってみせて、ランサーは首をかたむけるとウインクをし、
「TRICK OR TREAT、だろ? 今日しか通じねえ合言葉なんだ、存分に使いな」
ほう、と子供たちの口からため息が漏れる。完璧な発音にか、それとも気障だが格好良いしぐさにか。どちらにしても大人の魅力。
わあわあとTRICK OR TREAT!TRICK OR TREAT!の大合唱に包まれた玄関はにわかに騒がしくなる。
その中でランサーは困ったような、けれどうれしそうな笑みで子供たちに菓子を配っているエミヤの顎をとらえて。
「……エミヤ?」
「ああ、ランサー。今は子供たちが優先だ、君の分はきちんと取ってある、だから……」
「TRICK OR TRICK?」
「―――――は?」
なにか、おかしかった気がした。
けれど子供たちの歓声の中では決定的な異変に気づけず、だんだんと迫ってくるランサーに対応できない。
幼いころからずっと傍にあった白く整った顔、それがだんだんと近く、に。
と。
「なにしてんだこのバカ兄貴!」
セタンタの必殺急所蹴りが炸裂した。脛を押さえてうずくまるランサー、おおーとまた違った歓声を上げる子供たち。
恐ろしいほどに冷えた目でランサーは弟を見やると、
「てめえこの野郎なにしやがんだムードってもんが読めねえのか、ああ、空気も読めないガキには酷な注文だったな、すまねえすまねえ」
「かつてないほどの長セリフ……おとなげねえ! ちょうおとなげねえぞ兄貴、ほんとにおとなげねえ!」
「あ? 文句があるならかかってきな、叩いて丸めてちぎって伸ばして型抜いてクッキーにして……」
「それはこっちのセリフだ! ていうか長いんだよ、長い! オレ兄貴と違ってそんな暇じゃないんだからなっ!」
ざっ、とそれぞれ構えを取る兄弟ふたり。エミヤ特製菓子を手にした子供たちはすっかり観戦体勢に入り、わあわあと甲高い声を上げている。やれーセタンター、だの、兄ちゃんかっけー、だの、なあエミヤん飲み物ないのー?だの。
「君たちは…………」
久々に脳天に血が集まっていく感覚。エミヤは両手を振り上げると。
ごん。
と、鈍い音を立ててムードを読まない兄弟ふたりに天誅を食らわせたのだった。


ありがとー、と手を振りながら子供たちが帰っていく。
いててて、と頭を押さえる兄弟ふたり。
エミヤはふん、とそっぽを向いてふたりの前に仁王立ちになった。
「エミヤ……」
「おい、エミヤよ。これはねえんじゃねえのか?」
恨み言のようにつぶやくふたりに、そっぽを向いたままでエミヤは叫ぶ。
「君たちが! せっかくの祝い事の日に喧嘩などするから!」
その耳は、赤い。そっぽを向いた、その頬も赤くて、兄弟はそろって目を丸くした。
エミヤが怒っている。
けれど、これはいつもの怒り方とは、違う―――――?
セタンタは膝で這いずって、ランサーはあぐらをかいていた姿勢を正すとエミヤ、とユニゾンでその名を呼んだ。
「知らん!」
「エミヤ、ごめん、エミヤ」
「……悪い。今回はオレたちが、オレが悪かった。だから機嫌直せ。な?」
「知らんと言っているだろう!」
「エミヤ…………」
「…………」
台所に残しておいたクッキーの袋をぎゅう、と握りしめて、エミヤは絞りだすようにつぶやく。
「大事な日、だったんだ」
夕日がその髪を、顔を、照らしだす。
「私にとっては、大事な、思い出の日だった」
森で遊んだ日々。ハロウィン当日、ふたりでシーツをかぶって家々を訪れた。そして戦利品をふたりで分け合って、笑い合って。
そして成長してからは、大事な子供のために何日も前からずっと用意していた。
大切な。
大切な思い出の日々、だったのだと。
押し殺したような、泣きそうな声でエミヤが言うから。
たまらず、兄弟は立ち上がって彼に抱擁していた。
「……はなっ……!」
「だめだ! エミヤが怒ってるのはわかるけど、でも、だからはなさない!」
「右に同じだ」
「いやだ……!」
「いやでもいいから、エミヤ」
「甘えちまえ。昔みたいに。な?」
頭を撫でられ、足元にしがみつかれ。エミヤはしばらくぐずっていたが、上と下からの温かな抱擁に落ちついたのかその態度がだんだんと軟化していく。荒かった呼吸がゆるやかになっていき、やがて長々としたため息がその口から吐かれた。
兄弟はそろってうつむいた顔を覗きこもうと兄は首をかたむけ、弟は背伸びをした。
その両方の青い頭をぐい、とてのひらで遠ざけると、エミヤは小さくつぶやいた。
「反省、したか?」
「―――――」
「―――――」
目を丸くする兄弟は、やはりよく似ていた。
ぐんぐんぐん、とそろって大きくうなずくところも。エミヤは、少し潤んだ瞳でふ、と笑って。
「……仕方ないな」
そう言って、クッキーの袋のリボンをほどいたのだった。



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