さて、と。
支度を終えて、靴先でとんとんと玄関の丸い石を叩く。クリーム色のエコバッグを肩にかけ直したところでふとエミヤはその視線に気づいた。
床に座りこんで。
スラックスの裾を掴み。
見上げるように自分を見ている赤い目の子供。
「セタンタ」
エミヤは、その名を呼んだ。首をかしげてしゃがみこみ、いつものように視線を合わせる。じっと見てくる赤い目は真剣そのものという色だ。その、時には情熱的な、時には静かな色合いがエミヤは好きだ。かつての少年と同じ色の瞳。
森の緑も、この子供には似合うのではないかなと思っていつか彼を連れていけたらと一瞬、考えた。
「どうした?」
一緒に行くか?と顔を覗きこむ。普段ならすぐにうん!といい返事が返ってくるのだが、何故だか今回セタンタは無言だった。じっ、とエミヤを見つめ、さらに肩に髪が触れるほど首をかしげたエミヤにそっとたずねてくる。
「出かけるのか? エミヤ」
「ああ、買い物に行かなければならないからな。一緒に行くか?」
再度、問う。セタンタはうなずきかけて、ぶん、と大きく一度首を振った。
「行かないのか?」
「ちがくて!」
何が違うというのだろう。
首をかしげたままエミヤはセタンタの発言を待つ。
「あのさ、」
「うん?」
「エミヤ、出かけないほうがいい」
「?」
何故、と目で問うと、掴んだスラックスの裾から手を離しもじもじと両手の指を絡ませる。エミヤは怪訝な顔でセタンタ?と子供の名を呼んだ。
「あのさ、」
「うん?」
「外は、その、危険なんだ」
「危険?」
確かに家にこもっているより外に出るほうがよっぽど危険だ。特に、この家の血筋の関係者は。こねこさんとて三毛の雄。不用意に外に出せば希少価値目当ての悪漢に捕まりかねない。
だから、エミヤは常に目を光らせている。
「大丈夫だセタンタ。外は確かに危険かもしれない、だが私が君を守ろう」
そっとまだもじもじと動く指に手を乗せれば、エミヤ、と声がして赤い瞳が輝いた。
「―――――」
ぶん、とまたセタンタは首を振った。
「ちがくて!」
「どうした、セタンタ」
「今日さ、学校でさ、」
「うん」
相槌を打つ。
「あの、友達と話したんだ。そしたら、」
「そうしたら?」
セタンタは息を大きく吸いこんで、


「好きな相手からは目を離さないでおけって!」


「……は?」
「特に外は危険がいっぱいだから! 色目とか使う男がいっぱいいるから気をつけろって!」
「……セタンタ?」
「な、だから、外行くの、やめとこうぜエミヤ! きけんだ!」
がばっと抱きつかれる。エミヤは鋼色の瞳をきょろりと動かせ、天井を見ると、
「君がいるのなら大丈夫ではないのかね?」
そう、告げた。
ぴくんとセタンタの肩が揺れる。
「どんなに外が危険でも、誘惑に満ちていても、セタンタ。君がいるのなら私は無限に強くなれる。そして君も約束してくれただろう?」


“オレがエミヤを守る!”


「―――――と」
しん、と辺りは静かになった。エミヤはつづける。
「それとも、あれは嘘だったのかな?」
「嘘じゃない!」
がば、っと。
体を離して、エミヤの顔を必死に見つめてセタンタは叫ぶ。
「エミヤはオレが守る! どんな危険からも、どんな悪者からも、絶対守りきってみせる!」
「ならば、大丈夫だ」
天井からセタンタにいつのまにか視線を戻していたエミヤはにこりと微笑んだ。目を細め、セタンタの頭をやさしく撫でる。
「君を信じているよ。セタンタ」
「うん!」
「さあ、出かけようか」
ぽんぽんと小さな頭を叩くと、エミヤは立ち上がる。慌てて立ち上がろうとするセタンタを見てくすり笑って、
「今日は君の好きなかぼちゃの煮つけにしよう」
そう、言ったのだった。



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