くしゅん。
小さなくしゃみにエミヤは反応した。広げていたシーツを素早く畳むと洗濯物の山に乗せ、膝で板の間を擦り居間へと移動する。うーん、と声を上げるセタンタに上掛けをかけ直してやりながら目が覚めたかと様子を見たが、まだ彼は夢の中にいるようだった。
隣の、兄と同じく。
そっと笑うとエミヤはその兄の上掛けも直してやる。案外寝相が良いランサーのそれはそう乱れてはいなかったが、なに。気持ちというやつだ。
十一月に入って、空は澄み空気はひんやりとしてきた。こうして昼寝をさせるにも少し考えたほうがいいのかもしれない。
再び洗濯物との格闘に戻りつつ、意識はぼんやりと別のことを思う。手は動いて洗濯物をすみやかに片づけていくのだが。
それにしても、と思う。よく似た兄弟のよく似た寝顔。片方は大人びて、片方は幼く。奇妙に眠りの内で彼らの時間が歪み、十年以上の時をあっけなく越えさせる。それにしても、眠りというのは不思議なものだ。
ランサーも言っていたけれど。
『おまえは眠ると昔の顔に戻る』
にやにやと笑って。怪訝そうに眉間に皺を寄せたエミヤの前髪をその大きな手でかき乱した。あっ、と声を上げうつむいたエミヤの耳に届く楽しそうなランサーの笑い声。ランサーはエミヤとふたりきりでいるとき、本当に楽しそうに笑う。
そんなことを言う彼こそが子供に戻ったのかのように。
『やめないか、ランサー』
おとなげない、と言うエミヤだったが声がどうにも厳しさをなくしてしまっていて、これでは叱咤の効果などないなと思う。
それはまさにそのとおりで、ランサーはふうん?などと言いつつ首をかしげてにやにやと端正な顔を笑みに崩している。そうしててい、と突然エミヤに抱きついてきた。
『―――――!』
一瞬の間があって、どっ、とそろって倒れる。舞う書類……仕事中だったのだ……はどこか美しく、現実感がなく。そのせいかエミヤは呆然と天井を見上げようとして、視界にぬっと現れたランサーの笑顔に息を呑む。
『隙あり、だ』
へへへ、とまるで本当の子供のように笑って、ランサーはエミヤに全体重を預けてきた。呑んだ息が詰まる。こら、と背中を叩いても、後ろ髪を引いてもランサーは動じずにエミヤを抱いて。
そのまま、ずっと笑っていた。
エミヤはふと手を止める。
白いシーツと、白い書類。眠る子供と大人。成長する子供と、おとなげない大人。
不意に脳裏に浮かんだものはすぐ消えてしまい、エミヤは最後の洗濯物を畳み終える。と、そこへ。
「エミヤ!」
「…………っ」
軽く驚いてまばたきをし、首を動かせて振り返るとそこには無邪気に笑う子供がいた。
「セタンタ」
「目が覚めたっ」
兄貴より先にだ、となんとなくうれしそうに言って目を細める。ランサーはまだ寝息を立てていた。寝返りを打ちごろり、と背を向ける。 いつもは兄より後に目が覚めて、やれ寝すぎると目が溶けるだの子供はよく眠るだの言われつづけてきたセタンタには先に目覚めたのが本当にうれしいことだったのだろう。
満面の笑みを浮かべてエミヤに抱きついている。
「兄貴がいるのにエミヤをひとりじめだー」
「なんだ、それは?」
「へへへへ」
だってうれしいんだとセタンタが言う。そういうものか、と頬ずりをされながらエミヤは思った。相変わらずセタンタの頬はやわらかい。今まで眠っていたせいか、その体温は普段より高かった。
「エミヤ」
だいすきだ、と幼い声が言う。
「私もだよ」
その小さな青い頭を撫でながら、エミヤは居間を見やる。と、薄い暗がりの中でもぞりと影が動いた。
「―――――」
赤い瞳が笑う。
それは瞬く間のことで、すぐにその瞳は閉じられた。寝息はつづく。
「エミヤ?」
顔を覗きこんでくるもうひとつの赤い瞳に笑い返して、エミヤは首を振る。
「なんでもない」
まったく。
おとなげないのか、そうでないのか。
はっきりとしてほしいものである。



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