居間に漂う緊張感。
セタンタは小鉢と箸をそれぞれの手に持ちながらじっと様子をうかがっている。誰のかといえば、エミヤのだ。
エミヤは仕事中でもないのに眼鏡をかけて、箸を片手にじっと見ている。なにをといえば、鍋の様子をである。湯気で眼鏡が曇るのにもかまわず、じっと。
食い入るように見て。
「―――――よし」
号令を、告げた。
とたんに箸を伸ばすセタンタ。がっしと豚肉を掴み、向こう側に座る兄を見やる。その兄は頬杖をついて呆れたようにその様子を眺めている。少し拍子抜けした表情になるセタンタに、エミヤが言った。
「どうしたセタンタ。今が一番いいときだぞ?」
「あ、うん」
野菜も食べるんだ、と言われてうんうんとうなずき、小鉢に取る。かけるはごまだれ。
そのとき、兄が鼻で笑ったような気がしたけれど。気がした、だけだから放置。ちなみに兄はぽん酢だ。ぽん酢も嫌いではないセタンタだけどほんのり甘いような気がするごまだれの方が好きだからごまだれ。
「ランサー、君も、早く」
「へいへい」
頬杖をついたまま箸を伸ばすランサーに、当然のごとくエミヤの叱責が飛ぶ。
「姿勢が悪い!」
「あいよ」
しゃんと姿勢を正すと(できるんじゃん、とセタンタは思った)やはり肉に箸を伸ばすランサー。
「野菜もだぞ」
「わかってるって」
素早く小鉢に取ると、冷ましもせずに口に運んだ。がつがつと食べるその姿のなんと不作法なことか。うわあ、と、怒られるぞ、と青くなるセタンタの目の前でランサーはがつがつがつ、と小鉢の中味を平らげ、また鍋に箸を伸ばした。
「ランサー!」
ほら怒られた、と隣のこねこさんと共にぴゃっと首をすくめるセタンタの目の前で、エミヤはランサーに人差し指をつきつけて、
「まだ食べごろではない! もう少し待つんだ!」
―――――え、そこなの?
「……鍋なんてもん、食えりゃいいと思うんだがなあ」
「まだ具材を投入したばかりだ。固くて食べられたものではない」
「知ってるだろエミヤ? オレは胃が丈夫だ」
「そういう問題ではない」
ぴしゃりと言ってランサーを退散させたエミヤは、セタンタににこり微笑む。
まるで、「君はわかるよな?」とでも言うように。
うなずくセタンタ。何度も。
エミヤの料理は美味しい。けれど鍋だとちょっと困る。
辛さを押さえたキムチ鍋、まろやか豆乳鍋、寄せ鍋、鍋にもいろいろあるけれど。
問題は、鍋を執り行うときのエミヤなのだ。
「な、エミヤ」
「うん?」
うっすら曇った眼鏡でセタンタのほうを見るエミヤの顔は、すごく真面目だ。長い箸を持って、ときどき鍋を覗きこむと、具材の様子を見たりあくをすくったり忙しそう、なのだ、けれど。
「エミヤも食べないのか?」
一緒がいい、とねだるセタンタに静かに首を振ると、エミヤはひどく晴れやかに笑って。
「私は鍋の様子を見なければならないのでな」
すまない、と言われてセタンタはしっぽをしょもりと垂れ下がらせた。ううう。
さびしい。
「よし、食べごろだ」
再びかかる号令に、そろって箸を伸ばす兄弟。もっきゅもっきゅと肉も野菜も食べながら、そそそとセタンタは兄のほうへと寄っていく。
「……な。兄貴」
「なんだガキ」
「エミヤって、なんでいつも鍋のときはこんななんだ?」
ランサーは舌なめずりをすると、箸をかちかちいわせながらそりゃあ、と言った。


「鍋奉行だから、だな」


「ナベブギョウ?」
聞きなれない言葉に固まるセタンタ。なにそれ、時代劇かなんか?
わかんねえ、全然わかんねえ。
「セタンタ」
エミヤが呼ぶ。それはやさしい声だったけれど、反射的に背筋を正させて。
「具材が煮えすぎると不味くなる。君の好きな肉も固くなるぞ」
「う、うん」
慌てて自分の定位置へと戻る。そして鍋に箸を伸ばすと、豚肉と野菜をこんもりと小鉢に盛った。一生懸命吹いて冷まして、口に運ぶ。 美味しい。
幸せな気分でちらりとエミヤを見ると、満足そうに微笑んでいるのと目が合って、どきりとした。
ナベブギョウとかそういうの、よくわからないけど。
エミヤが幸せならいいかな、と思ったセタンタだった。
「知ってるだろエミヤ? オレは歯が丈夫だ」
「だからそういう問題ではないというのだよ」



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