エミヤ、と声が縁側から聞こえた。それには焦りが滲んでいて、ただごとではないとエミヤは仕事を放棄し、眼鏡を外して襖を開け放つ。庭にはセタンタが立っていた。直接入ってきたのだろう、ランドセル姿で荒い呼吸に肩を上下させている。
見てみればその手の中にはぐったりと動かない小鳥が横たわっていた。
ざっと裸足のままでエミヤは庭へと下りる。
「セタンタ、その小鳥はどこで」
「帰り道の木の下に落ちてた。な、エミヤ、大丈夫かな? 大丈夫だよな、この鳥?」
「見せてみたまえ」
素早く両手を差しだすセタンタ。細心の注意を払いつつ様子を見たエミヤは、ほっと息を吐いて静かに告げる。
「羽根を少し痛めただけのようだ。傷もない。しばらく休ませれば大丈夫だ」
「本当に? 本当か、エミヤ!」
「私が君に嘘をついたことが?」
首をかしげて問えば、眉を寄せていたセタンタは満面の笑みを見せた。―――――ない!笑顔で答える。
「こちらに座って回復するのを待とう。なに、夕暮れまでには良くなるさ」
セタンタはぐんぐんとうなずいた。細心の注意を払いつつ縁側に駆け寄ると、ゆっくり腰かけて小鳥を片手に移し、隣をごしごしと手で拭う。
「エミヤの席は、ここな」
「了解した」
言う子供に微笑み、エミヤはそっとその隣に腰かけた。ふたりは額を突きあわせて小鳥の様子を覗きこむ。
「この鳥さ」
ぽつりと言うセタンタに、エミヤが視線を向ける。視線は小鳥に落としたままで、セタンタは小さな声で告げた。
「エミヤに似てると思ったんだ」
「私に?」
「うん」
そっとセタンタはうなずく。
「真っ白くて、すごくきれいだろ。エミヤの髪の色とおんなじだ」
セタンタは大事そうに小鳥を見つめると、だから、とやはり小さく告げた。
「だから助けないとって余計に思った。エミヤに似てるから、それだけで助けたわけじゃないけど、でもやっぱり、エミヤに似てるから、この鳥には絶対助かってほしいってオレ、思ったんだ」
「セタンタ」
「思ったんだ」
エミヤは押し黙ると、手を伸ばしてセタンタの頭を撫でた。空は青く澄んでいる。夕暮れまではまだ遠いだろう。
しばらくセタンタの頭を撫でつづけながら、エミヤは小さく歌を歌った。先日の歌とはまた違う歌だ。セタンタはそれを聞くと目を細め笑って、
「この鳥も、エミヤみたいにきれいな声で鳴くのかな」
そう、言った。
「鳴くんだろうな」
どこか遠く、楽しそうに、待ちわびるように、そう言った。


陽が暮れていく。
―――――……。
はっとふたりは顔を上げる。
「エミヤ、いま」
「ああ」
―――――……。
確かに聞こえた。小鳥が、鳴いたのだ。一度震えて、目を開ける。
その目は真っ黒く、まるで黒曜石のような色をしていた。
セタンタの手の中で小鳥は羽ばたく。驚いたように空に向かって手を差しだしたセタンタの目の前で、小鳥は大きく羽ばたき。
澄んだ声で鳴き、空へと。
力強く。
「…………!」
ふたりはそれを見た。確かにそれを見た。オレンジ色の夕陽に溶けこむように飛んでいった小鳥の姿を。目と口を丸く開けて、けれど、しっかりと、確かに。
それを見た。
小さな小鳥は、あっというまに見えなくなってしまった。立ち尽くしてそれを見る後ろ姿に、セタンタ、と声をかけようとしたエミヤは振り返ったその顔に目をまばたかせる。
「エミヤ!」
セタンタは、笑っていた。
これ以上ないという幸福そうな顔で。
「よかったな、エミヤ!」
だから、エミヤも。
「……そうだな」
同じように笑えているかどうかはわからなかったが、自分の気持ちに素直に微笑んだ。
「な、エミヤ」
「うん?」
「あの鳥、やっぱりエミヤに似てたな」
「…………」
「すごく、きれいな声で鳴いた」
「……そう、か」
「うん!」



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