「あっ、あっ、あ、あ、あ、」
居間に入って突然の出迎えに、ランサーはまたかという顔になった。エミヤの手には小さな携帯ゲーム。隣ではセタンタがこぶしを握り懸命にエミヤを応援している。赤い瞳がそれぞれ違う温度を持って必死に携帯ゲームを操作するエミヤを見ている。
熱っぽく、弟。どこか冷めて、兄。
「エミヤ! そこだ、がんばれエミヤ!」
「あ、ああ……あ、あぁ、あ! あっ、あっ、待っ、急にそんな、」
「―――――」
携帯ゲームである。
相手は、あくまでも携帯ゲーム。どこから持ってきたのかは知らないが(兄はおそらく弟が、友人から借りてきたのだろうと推測した)ひどい熱中っぷりだ。ランサーがやってきたのにも気づいてないようで、少し面白くなかった。
あと、ゲーム中に変な声を上げる癖が未だに改善されていないことにも、少し呆れた。むしろ悪化している。
アクションゲームでもしているのだろうか。
どれ、と口に出してランサーはエミヤの手から携帯ゲーム機を奪い取った。見てみるとそれは、難易度の高そうなシューティングゲームだった。
「―――――っあ」
「兄貴!?」
あ、やっぱり気づいてなかったのか。
奇妙な笑いを浮かべたランサーは素直に驚いた顔のエミヤとセタンタを見やると、画面を見ないまま十字キーとボタンで、華麗に自機を操り始めた。そうしながら、ふたりと会話を始める。
「ランサー、君、いつから」
「大分前からだな。おまえらはこいつに必死で気づいてなかったようだが」
「シンシュツキボツ……!」
カタカナ発音でセタンタがつぶやく。
「じゃねえよ。おまえらが気づいてなかっただけだ。……っと」
危ういところで弾を避けた。立ちながらやるのも効率が悪いとランサーはいつものようにあぐらをかいて座った。
その隣からエミヤが、その背後からセタンタが興味津々といった風に覗きこんでくる。
「……兄貴、無駄に上手いな……」
「無駄じゃねえよ。こういうのはな、反射神経の問題だ」
「この前エミヤに負けたくせに……」
「あれはこいつが変な声出すからだ。おい、言ってるそばから声出すなよ、我慢しろ」
「あ―――――あ、ああ、うん、わかっている」
「本当かよ」
ぐっとこぶしを握るエミヤ。うんうんとうなずく様はまるで昔に戻ったかのようだ。ランサーは口元を吊り上げて笑うと、再びゲームに神経を集中させる。まるで雨嵐のように襲いかかってくる弾幕。それを華麗にかわすとふたり分の感嘆のため息が聞こえた。
ランサーはくくくと喉を鳴らしつつ、ゲームを進めていく。
「うわっ」
セタンタが声を上げた。ステージの最後、ボスキャラ。それは画面を半分埋めつくすほど大きく、弾幕は全画面を覆うほどだ。
「だ、だいじょぶかよ、兄貴」
「ランサー……」
心配そうな声が上がる。ランサーはそれに応えるようにひらひらと手を振ると、
「オレを誰だと思ってる?」
そう、返した。
セタンタは目を見開き、エミヤは。
「……信じているぞ、ランサー」
笑って、ランサーの両肩に手を置いた。
「おうよ」
ひとことだけ返してランサーはゲームに集中し始めた。暴力のようにばらまかれる弾幕を的確に避けて弾を撃ちこむ。時折エミヤとセタンタは声を上げそうになったが、必死に我慢した。
弾幕を避けて撃ちこまれる弾。あまりにも非力な抵抗に見えたが、着実に相手の体力ゲージを奪っていく。
そして、やがて。
ボスキャラの動きが止まった。弾幕がすう、と消える。起こる爆発、ホワイトアウトする画面。
―――――GAME CLEARの文字。
静かな旋律と共に流れ始めるスタッフロールに、歓声が沸き起こる。
「すげえ、兄貴!」
興奮したようにまくしたてるセタンタ。しっぽをぶんぶんと振ってきらきらとした目で兄を見ている。かつてない尊敬のまなざしだ。
一方、エミヤは穏やかに笑って、首だけで振り返ったランサーを見た。
「すごいな、君は」
「おまえが信じてるって言ったからだろ」
誓いは破れねえ。そう言うとランサーは興味を失ったようにセタンタにゲーム機を投げ渡し、体ごと振り返るとエミヤの肩を抱いた。
「で、エミヤ?」
「……は?」
「褒美。くれるんだろ?」
寄せられる唇。固まるエミヤ。あ、だの、いや、その、だのと口では言うが動けない。
「誓いを守ったんだ、褒美くらいくれてもいいじゃねえか」
「―――――っ、の、」
ぽかんと目と口を丸くしていたセタンタが口を開き。


「エロ兄貴!」


大きな声で吠えた。
それで覚醒したようにエミヤは目前に迫っていたランサーの唇を避ける。ランサーはきょとんとまばたきをして。
先程のセタンタの絶叫に負けないほど、大きな声で笑いだしたのだった。



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