セタンタは最近よく牛乳を欲しがる。朝食に牛乳、学校でも牛乳、夕食に牛乳、風呂上がりに牛乳。あまり冷たいものを飲ませると腹を壊すからとひかえさせているのだけど、それでもここ最近の消費量はすごい。
眠る前のホットミルクを鍋で温めながら、エミヤは考える。
やはり彼も、兄と同じ理由で牛乳を欲しがるのだろうかと。
「セタンタ」
湯気が立つ、少しぬるめのホットミルクをカップに入れて差しだしてやるとセタンタはしっぽを振ってそれを受け取った。
「サンキュ、エミヤ!」
エミヤもホットミルクの入ったカップを持ち、ふうふうとただでさえぬるめのホットミルクを吹いて冷ましているセタンタの隣に座る。この子供は熱いものが苦手だ。
よく舌をやけどしてはエミヤに見せて痛いと呻く。そんなときランサーがいると、舐めてやれなどと戯言を言うことが多い。にやにやと笑って言う彼もまた、熱いものが苦手だったのだけど。
「セタンタ?」
「ん?」
砂糖の入ったそれを飲みながらセタンタが上目遣いで見上げてくる。後で歯を磨かせないといけない、とエミヤは思う。
セタンタは虫歯になったことがない子供だけれど、今までならなかったからと言って今後もならないとは限らない。虫歯は辛いものだ。
「何故、最近になってこんなに牛乳を欲しがるようになった?」
「…………」
ぴたり、としっぽの動きが止まる。しばらく黙ってから、セタンタはにっかりと笑みを浮かべてみせた。
「なんでもねえよ。ただ、牛乳って美味いなー、っていうのに気づいただけで」
「そうか」
エミヤも微笑みを浮かべてそう返す。ふたりで湯気の立つミルクを啜る。しばらくして。
「ごめんエミヤ」
必死の形相で、セタンタが袖を掴んできた。
しっぽはしょもりと垂れ下がり、後悔しているのがありありとわかる様子だ。エミヤは知らぬ風にミルクをひとくち啜ると首をかしげた。
「どうしたのだね、セタンタ」
「オレエミヤに嘘ついた」
なんという正直さ。セタンタの嘘は五秒も持たなかった。彼のそんなところがエミヤは好きだ。
「そんなことしちゃいけないのに、オレ、嘘ついた……ごめんなエミヤ、ごめんな」
「自分で気づけたのならそれでいい。あまり自らを責めるものではない、セタンタ」
カップを脇に置いて。
抱擁。
背中をぽんぽんと叩いてやれば少し罪悪感が薄れたようで、赤い瞳が見上げてくる。
「牛乳飲むと背が伸びるっていうだろ」
セタンタが語り始めたのは、あまりにも簡潔な理由。エミヤは軽く瞠目する。やはりというか、彼も高校のときの兄と同じだったとは。
「背が伸びたら大人になれるわけじゃないけど、それでもオレ、早く大きくなりたくてさ」
それで、エミヤを守ってやりたい。
こぶしを強く握り、セタンタはつぶやいた。この子供はよく“エミヤを守ってやりたい”と口にする。自らの教育係であり、側近であるエミヤを。
彼を守らなくてはならないのはエミヤのほうだというのに。
それでもその気持ちはうれしくて、エミヤは小さな頭を撫でてやる。するといつもなら首をすくめて喜ぶはずのセタンタが、複雑そうな顔をしているのにエミヤは気づいた。
「……嫌だったか?」
手を引こうとすれば、ううん、と答えが返ってくる。
「嫌じゃない。嫌じゃない、けど」
セタンタは立ち上がると、壁にもたれかかり座ったままのエミヤの頭に触れた。そして、自分がさっきまでされていたように頭を撫でる。どこか遠い目をして頭を撫でながらセタンタは、
「こうでもしないと、オレはエミヤのこと撫でてやることも出来ないんだなって、思って」
ぎゅうと、抱きついてきた。
「早く」
子供の体温は、熱い。けれど、セタンタの腕が、触れる肌が熱いのはそれだけではないのではないかと今は思う。
「早く大人になりたいなあ―――――」
ぎゅうとエミヤの頭を抱きかかえるように、セタンタが腕に力をこめる。彼の表情は見えない。
だから、エミヤは黙ってその背を軽く叩いてやった。
ずいぶんと長い抱擁が終わったころには、ホットミルクはすっかり冷めていた。



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