小さなスーパーの袋をがさがさと鳴らして、セタンタはやけに上機嫌だ。買ってきた食材を冷蔵庫にしまいながらエミヤはそんな様子を微笑ましく眺めていた。チルドルーム、野菜室、冷凍庫―――――。
順々に開け閉めを繰り返して、最後の扉を閉めたとき甲高い声がかけられた。
「エミヤ!」
冷気がかすかに頬を撫でる。振り向けばそこには、赤く細い箱を握りしめたセタンタがいた。
「うん?」
「な、な、これ、食べてもいいか?」
見てみれば、それはめずらしくセタンタがねだるので買ってみた市販の菓子だった。エミヤは時計を見る。もう、三時はすぎていた。
そんなに待ちわびていたのかと思いつつ、エミヤは軽く顎を引いてうなずく。
却下する理由はない。するとセタンタは顔をぱあと輝かせた。
そんなにも、食べたかったのだろうか?
鼻歌を歌いながらセタンタはせわしなく包装を開けていく。ふたつに分けられた包装をさらに開け、目的の菓子を取りだした。
細長いプレッツェルに、チョコをコーティングしたもの。Pocky、と箱には書いてあった。
セタンタはそれをぱくんとプレッツェルの方からくわえる。
そうして。
「ん」
「ん?」
「ん」
「ん?」
「ん!」
???とクエスチョンマークをいっぱいに浮かべるエミヤに焦れたようにセタンタは力む。と、ぽきんと音を立ててくわえていた菓子が真ん中から折れた。
「―――――あ!」
慌ててそれを受け止めて口に放りこむ。さすがの反射神経だ、と感心しているエミヤの前で、またセタンタは菓子を一本取りだした。
くわえる。
顔ごと差しだしてきた。
「ん」
「?」
「ん!」
「ん?」
そう先端をつきつけられてもエミヤにはなんのことだかわからない。顎に手を当てて首をかしげていると、頬をふくらませたセタンタはぽきぽきぽき、と音を立てて菓子を平らげた。なるほど、この音から名前をつけたのか?
「エミヤ!」
「どうした」
「どうしたじゃなくて!」
なんで食いついてきてくれないんだよ、と吠えるセタンタに、食いつく?とさらに首をかしげる。
「エミヤ、もしかして知らないのかよ」
「知らない、とは?」
「これはー、恋人同士で一緒に食べるものなんだって!」
初耳だ。
セタンタはまた一本菓子を取りだすと、今度はくわえずに目の前にかざして両端を示す。
「こっちと、」
プレッツェル。
「こっちを、」
チョコのかかった方。
「くわえて、一緒に食べるんだよ」
なるほど、説明はわかった。
だが。
「……何故?」
「そういうものなんだって!」
どうにもわからない。首を捻っているとセタンタは手にした一本を口にくわえた。そしてエミヤに迫ってくる。
「ほら、エミヤ」
「だがな、セタンタ」
「いいから」
いいから!と繰り返され、仕方なくエミヤはチョコがコーティングされた方をくわえる。しかし、ここからどうすればいいのだろう。
じっ、とくわえたままでいると口の中でじわじわとチョコが溶けてきた。甘い。
完全にチョコが溶けると、今度はプレッツェルがふやけていく。
と、唐突にセタンタが眉を寄せて不機嫌そうな顔をした。
どうしたとたずねる前に、猛烈な勢いでセタンタが長細い菓子を食べ進めて近づいてくる。その勢いに驚いたエミヤは思わず身を引いてしまった。
ぽきん、と軽快な音を立てて中程で菓子が折れる。
「あ!」
……ぱき、ぽき、とくわえたものを放りだすわけにも行かず噛み砕くエミヤを、複雑な瞳でセタンタはじいっと見た。
「エミヤって」
「うん?」
「……んーん、なんでもない」
でもそんなところがオレ好きだぜ、としみじみと言われ、とりあえず、そう言ってもらえてうれしいよ、と答えたエミヤだった。


その夜。
その話を聞いたランサーは呆れたように鼻を鳴らすと残っていた菓子を取りだし、おもむろにエミヤの口にくわえさせ“こうすればいいんじゃねえか”と宙に浮いたもう一方を自らもくわえた。
なるほどなー!
と、セタンタは感心したが、エミヤがわけもわからずに停止しているところを順調に食べ進めていったランサーがそのままキスを仕掛けようとしたところで激昂した。
むりやり引きはがそうとするセタンタにエミヤは目を白黒、ランサーは人の悪い笑みを浮かべながらぎりぎりのところで距離をたもっていたという。



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