セタンタが学校から帰宅すると、エミヤが眠っていた。膝の上にはこねこさん。どうやら仕事で疲れたために休憩を取っているらしい。
ちゃぶ台の上には書類と眼鏡が置かれている。
「―――――」
ランドセルを静かに下ろすと、セタンタはそっとその傍に歩み寄った。ぬきあし、さしあし。しのびあし。
こねこさんほどではないが足音を立てずに歩くのには自信がある。気配を殺すのも実は得意だ。
攻防一体、攻めるだけが戦いではない。時には隠れることも手段なのだ、とそれはおいといて、である。立て膝をついてうつむいた顔を覗きこむように眺める。エミヤは、よく眠っていた。疲れているのだろうなとうなずくセタンタ。
起きたら肩でも揉んでやろう。
自分は子供ではないからここでむりやりエミヤを起こしてかまえ、かまえとせがんだりはしない。
けれど。
セタンタはエミヤの隣に座り、足を投げだす。軽くもたれかかり、天井を見た。
穏やかな寝息。あたたかな体温。
……少し、まぶたが重い。


ランサーがいつものようにバイトを終えてやってくると、エミヤとセタンタが寄り添って眠っていた。
エミヤの膝の上にはいつかのようにこねこさん。
「……ちゃんと眼鏡は外してんな」
ぼそりとつぶやくと土産のどら焼きをちゃぶ台の上に置く。この頑なな幼なじみも、休憩の術を覚えたか。いいことだ。うんうんとうなずく。
そして勝手知ったる他人の部屋、押入れをすらりと開けて薄掛けを取りだす。ふわりと広げると、幼なじみと弟へかけてやった。
……まあ、弟の場合、頭にかかってしまっているがそれは仕方ないだろう。
どら焼きは三つ。茶を煎れることは出来るが、自分で煎れたものよりもエミヤの煎れた茶の方がランサーは好みだ。ということで、居間へと向かう。ごく自然に、意識せず足音を立てないで。
すぐに目当てのものを持って戻ってきたランサーは、書類を脇へとどかすと菓子皿からみかんをひとつ取りだした。大ざっぱに皮をむき、大きな口を開けて片づけてしまう。ひとつ、ふたつ、みっつ。
時間もかけず食べ終えたランサーはぺろりと指先を舐めると、小さなゴミ箱へ皮を捨てた。
菓子皿はそのままにエミヤたちの方へと歩み寄る。
「悪いが、ちょいと場所空けてくれ」
こねこさんの鼻先で指を揺らしながらそう言うと、彼はぱちりと目を開けた。
そうして、不満そうに唸る。ん?とランサーは首をかしげ、ああ、と気づいたように言った。
「そうか。猫は柑橘系の匂いが嫌いだったか」
こりゃ悪かったな、と言葉の割には悪びれない笑顔を見せると、こねこさんがエミヤの腹の方へと寄っていったせいで空いたスペースに頭を乗せる。
ゆっくりとまぶたを閉じた。


セタンタは目を開けた。エミヤはあたたかい。ふにゃり、と笑おうとしてぎょっとする。
―――――何故か、兄が。
ランサーがエミヤの膝枕で眠っている。
ええい、一体いつ来たのだ。ちっと舌打ちをする。兄を真似て。
ちなみにエミヤの前でやると、行儀が悪いと叱られるのでやらない。
「なんで……」
むうっと頬を膨らませると、セタンタは。


―――――膝が重い。
まず、最初に感じたのはそんなことだった。続いて肩になにかがかかっている、と感じる。
うっすらと目を開けてみれば、青い頭がふたつ膝の上に乗っていた。
セタンタとランサー。ふたりとも、よく寝ている。
エミヤはぼんやりと数度まばたきをして、さて、一体これはどうしたことだろうと考える。だがどれだけ考えても結論は出てこないので、そのうち考えるのをあきらめた。
なおん。
傍らで小さく鳴く声に視線を向ければ、そこにはちょこんとこねこさんの姿。
「ああ、ここは……」
君の定位置だったな、とぼんやり言うと、エミヤは仕方なさそうに笑う。
「悪いが、今日だけは彼らに譲ってやってくれ」
仕方ないですね。
そんな風に、こねこさんはまた一声なおん、と小さく鳴いてみせた。
青かった空は、夕暮れに染まりかけていた。



back.