「ただいま、エミヤ!」
「おかえり、セタンタ」
抱擁しあうふたりを頬杖をついて眺めるランサー。いつものことだ、と口を出しもせずに煎餅を齧る。気に入りの醤油煎餅はぱりん、といい音がした。
セタンタはランドセルを下ろすと、その中をごそごそと探る。
―――――?
「ほら、エミヤ!」
誇らしげに言ってなにやら差しだすセタンタにああ、と答えて微笑むエミヤ。ランサーは、彼にしてはめずらしく、興味深そうにそれを覗きこんだ。
と、
「兄貴は見るな!」
一蹴。
額を丸い手で押されて、格好だけでも後ずさってみせる。
「んだよ、いいじゃねえかよちょっとくらい」
「これはだめだ!」
だめなんだ、と言ってセタンタがうつむいた。だめなんだって、ともごもご口の中でなにごとか言っている。やけに手が熱いな、と額にいまだ当てられたてのひらをそのままにランサーは思う。
「じゃ、ないしょでな! エミヤ」
にっかりと笑うとセタンタはそれをエミヤに手渡して、照れくさそうに立ち上がった。怪訝そうにランサーが見やる中すすす、と襖まで横ばいに歩いていき、顔をのぞかせてまたにっかりと笑う。
薔薇色の頬がいつもより妙に赤かった。
ぴしゃん、と襖が閉まる。
「……なんだ? あいつにしちゃずいぶんと早い退散じゃねえか」
「恥ずかしいのだろう」
くすくす笑うエミヤの肩に腕を回して、ランサーはその手の中のものを覗きこんだ。ちらりと見えたそれは、ブルーの封筒。
「…………」
「駄目だぞ、ランサー」
ふいとかわされて体勢を崩すランサー。つれねえな。小さくつぶやいて頭を掻く。
「まあ、オレもそこまで隠したがってるもんを無理矢理のぞき見るほど野暮じゃねえよ。退散しててやるから、終わったら呼べや」
「ああ。すまない」
いいってことよ。
そう言うかのように手を振ると、ランサーも腰を上げる。かったるそうに、ではあったが。
そして襖を閉める音がして、しん、と部屋は静かになった。
エミヤは微笑んで手の中の封筒を見る。
―――――手紙?
―――――うん!
今朝学校へ出かけるとき、セタンタははつらつと告げた。
エミヤに手紙を書いてくる、と。
またどうしてと聞けば、笑って答えない。きっと思いつきか友人に影響されたかなのだろう。どちらにしても微笑ましいことだ。
そっとエミヤはうなずくと、楽しみにしているよと答えて小さなその青い頭を撫でた。
セタンタはとてもうれしそうに笑っていたっけ。
漫画めいた造形の太陽のシールを慎重に剥がす。と、中から数枚の便箋が現れた。
右隅に虹の描かれた真っ白い便箋。そこに大きなセタンタらしい字で、まずは挨拶が書かれている。
“はいけい エミヤ へ”


元気ですか。オレは元気です。エミヤの作った弁当、すごく美味かった。卵焼きいつもありがとう。
オレ、エミヤの卵焼き大好きだ。


思わず噴きだしそうになって、口元を押さえる。なんて無邪気な手紙だろう。懸命に笑いを堪えながら読み進めていくと、


だけど、それよりエミヤのほうがもっと好きだ!


なんて書かれていて、余計に噴きだしそうになってしまう。
卵焼きと比べるなんて、本当に子供らしい。


オレ、エミヤが好きだ。大好きだ。
エミヤの作ってくれる弁当も、朝飯も、夕飯も、おやつも、全部全部美味くて大好きだけど、一番大好きなのはエミヤだ。
エミヤはすごくいい匂いがする。
卵焼きよりも、ホットケーキよりも。
なんでだろうな。


「さて、何故だろうな……」


堪えきれずくすくすと笑ってしまいながらつい、つぶやきが漏れた。
そこから先を読み進めていくうちに、エミヤは眉が寄っていくのを感じる。
エミヤが好きだ。
エミヤが好きだ。
エミヤが好きだ。
……いつも言われていることだけれど、文字にされるとなんだか妙に気恥ずかしい。顔は赤くなっていないだろうか。
頬に手を当てて、少し熱いなとひとりごちる。


とにかく、いつもありがとな!
オレは、エミヤが、大好きだ!


“セタンタより”
そう〆られていた手紙を丁寧に畳んで、エミヤは長いため息をつく。
「これは……」
緊張するのもわかる。
つぶやいて、エミヤは誰もいない部屋でひとり苦笑した。さて、返事はなんて書こう?
そんなことを思いながら、部屋の外で待っているであろう兄弟を呼びに行こうと立ち上がった。



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