「エミヤ」
呼ぶ声に、エミヤは視線を移す。そこにはにっかりと笑うセタンタ。言葉の続きを待っていると、セタンタはさらににっかりと笑って、
「エミヤ、エミヤ、エミヤ、エミヤ」
「…………?」
何度も名前を呼ばれて首をかしげるエミヤ。……一体、何だというのだろう?
たずねてみればセタンタは満面の笑みを浮かべて、元気よく告げた。
「オレ、エミヤの名前、好きなんだ」
「……私の名前?」
「うん! 好きだから、何度も呼びたくなっちまうんだ」
エミヤエミヤ、と繰り返しエミヤに抱きつくセタンタ。エミヤは驚いたような顔をして、やがてふっと微笑む。ぐりぐりと頭を押しつけエミヤ、と繰り返し呼ぶセタンタのそれを撫でて、私も、とつぶやいた。
「私も君の名前が好きだよ。セタンタ」
とたん、短いしっぽがびよん!と逆立った。セタンタはばっと顔を上げると、どこが!?ときらきらと輝く瞳で問う。
エミヤは少し考える様子を見せてから。
「勇ましさが感じられるところ、だろうか」
「勇ましさ」
「それと、やさしさ」
「ふうん」
ふうん、とまたも繰り返して、セタンタはエミヤの鋼色の瞳をじっと見つめる。
「オレはな」
赤い瞳にエミヤは刹那どきりとした。セタンタは時折子供らしくない目をしてみせる。大人びた、というのともまた違うような不思議な目を。
「きれいなところと、かわいいところ、かな」
「……きれい? かわいい?」
「うん」
ああ、そこで笑うのは卑怯だと思う。何も言えなくなってしまうではないか。
「エミヤもそうだけど、名前もそうだ。アーチャーって呼び方も好きだけど、オレはやっぱり“エミヤ”がいい」
特別なオレのエミヤ。
そう言うとセタンタはまたエミヤに抱きついてくる。じんわりと伝わってくる高い体温。それに縛られるような気がしたけれど、悪くもないと思う。エミヤはセタンタを抱きかかえると、小さな青い頭に顎を乗せてセタンタ、とただ名前を呼んだ。
うん、とセタンタがうなずく気配がする。
「エミヤの全部が好きだ。名前も、顔も、声も、体も、全部全部。本当はエミヤって呼ぶのはオレだけがいい。だけど」
「……だけど?」
「だけど、他の奴らがエミヤって呼んでるのを聞いても、オレ、なんだかうれしくなるんだ」
変かなあ?
たずねたセタンタに、エミヤはいいや、と目を閉じて答える。
「なにも変ではないさ」
「そっか」
それは、それだけセタンタがエミヤの名前を好いてくれているということだろう。次いでは、エミヤ自身のことも。
それは、とてもうれしいことだ。
しばらくふたりは抱きあって、空が静かに暮れていくのを見守る。
「あ」
「?」
不意にセタンタが漏らした声に、エミヤはまばたく。
「セタンタ?」
「だけど、オレさ」
「うん?」
「兄貴がエミヤのこと、名前で呼ぶのだけは―――――なんかやだ」
なんでだろな。
やじゃないんだけど、なんかやだ。
つぶやくセタンタにエミヤは苦笑して、その頭をそっと撫でた。
「さあ、何故だろうな……?」
「エミヤにもわかんないのか?」
「ああ」
「そっか」
でもいいや、とつぶやいてセタンタはエミヤの胸元に頬を寄せる。
「オレはエミヤが好きだし、エミヤもオレが好きだ」
それでいい。
まどろむように微笑むと、セタンタはエミヤの腰に腕を回してぎゅう、と力強く抱きしめた。
「それでいいんだ」
だって、エミヤのことを好きな気持ちは、オレ、誰にも負けないから。
エミヤはその言葉に息を呑んで、なにも言えなくなると静かに顔を赤くして、うつむいた。
「エミヤ?」
無邪気な問いには、答えられなかった。
何故だかとても、照れくさかったから。



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