部屋を暗くして。
どこもかしこも閉めきって。
準備は万端。
―――――ぞっとするくらいに。
「エミヤ!」
だというのにその雰囲気をぶち壊しにするような勢いで、鼻息も荒くにぎりこぶしを作ったセタンタはそれを上下に振って、傍らの教育係に訴えた。
「怖かったらオレにしがみついていいからな!」
と言って、がばっと腕を広げる。
エミヤはそれを見て微苦笑した。
「ああ、そのときは頼む」
「いつでもいいからな!」
「ねえよ、ガキ」
「ある!」
「ねえよ」
「あるっての!」
ランサーは闇の中でも光る赤い目を細め、はあとため息をついた。がしがしと頭を掻く。
「……いろいろと台無しだ」
「なにが! なんでだ!」
「なんでもねえよ」
そう言うと無造作に近くにあったリモコンを手に取り、再生ボタンを押した。作動音。
そのどこか不気味な音に、むくれていたセタンタも我に返ったかのように真顔になる。エミヤは姿勢を正した。なんとなく。
宴が、始まった。


荒い息遣い、水音、恐怖の表情。彼女が逃げるたび茶色の髪がなびいて揺れる。息をきらせて走りつづけた彼女はもう限界が近い。だが彼女は走らなければならない。でないと、
―――――!
悲鳴を上げて彼女は転んでしまった。すらりとした長い足が傷つく。美しい顔が歪む、けれど彼女は懸命に立ち上がろうとして覆いかぶさってきた影に気づき、絶望の声を、漏らし、た。
「うわっ……」
「…………」
「…………」
命を絶たれる絶叫と、激しい水音がスピーカーから部屋に放たれ、暗闇をいっぱいに満たす。セタンタは真顔で小さく声を漏らしながら画面を食い入るように見ていた。エミヤは正した姿勢をたもったままで画面を見ている。ランサーはふあ、とあくびをした。
やがて、エミヤが言う。
「ランサー」
「あん?」
怖くなったか?とごろり寝転がったまま両手を広げるランサーに違う、とぴしゃりと返し、エミヤはつぶやく。
「やはりこれはセタンタの情操教育上よくないのではないかと思うのだが……」
「これくらい平気だろ。なあ?」
「えっ」
唐突に自分に話を振られ、食い入るように画面を見ていたセタンタは数テンポ遅れて兄のほうを向いた。じっと何故か天井を見てしばし考えると、うん、と一度大きくうなずく。
「これくらいなんてことない! 平気だ!」
「そうか?」
「だいじょぶだ!」
「だが、しかし……」
精神衛生上、だの、なんだのとぶつぶつ言っているエミヤはだんだん自分の世界に入っていってしまって、セタンタの返事など聞いてはいないようだった。セタンタはそれに不満そうな表情を作り、エミヤの袖を引く。
「なあ、それよりエミヤは、」
怖くないのか、と聞こうとしたセタンタは、次の瞬間のエミヤの行動にかつてないほどの反応を見せた。
「…………忘れていた!」
ホラームービーにもわずかな驚きしか見せていなかったセタンタが、びくりと体を強張らせてすんでのところで声を上げるのを堪えた。
「エ、エミヤ?」
「寒天を冷蔵庫で冷やしていたのだった!」
もう三時はすぎているではないか、と慌てたように立ち上がるエミヤに、セタンタが追いすがる。
「エミヤ、ちょ、ま、え?」
「寒天は冷やしすぎると固くなる……セタンタ、私は君に一番美味なときに一番美味なものを食べてもらいたい」
「エミヤ……」
じん、とした顔になったセタンタは、きっと真顔になるとうん、とうなずく。
エミヤもそれを見て微笑んだ。
そして暗がりの中、ふたりで部屋を出ていく。
と、ひょっこりエミヤが襖から顔をのぞかせた。
「君の分もあるからな、ランサー」


ぱたん、と襖は閉まった。
画面内の惨劇も一段落して、外国の優美な景色が映しだされている。
体よく逃げたんじゃねえだろうな、と思いながらランサーはふとビデオのパッケージを見てみた。
「あー……」
やべ、と大して思ってもいない顔で言う。
そこには“R15”と書いてあった。



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